国際刑事裁判所がピンチ 元裁判官にノーベル平和賞、米国が制裁
赤根さんは2018年にICCの判事になり、24年から所長をつとめています=7月、大阪市 朝日新聞社
「法の支配」が いま危ない
米がICC本体まで「制裁」の対象に
イスラエル首相への逮捕状などに反発
ノーベル平和賞はICCの元裁判官ナビ・ピレイさんに
今年のノーベル平和賞をおくられることになったナビ・ピレイさんは、ICCの元裁判官です。トランプ政権がICCへの制裁について明らかにしたのは、授賞が発表された数時間後のことでした。
オランダ・ハーグに本部があるICCは、国が捜査などをする能力や意思がない場合に、その国にかわって調べて裁判をします。対象とするのは、戦争犯罪など四つの罪で、それらの罪を犯した「個人」を裁きます。「たくさんの人を傷つけても、権力者であれば罪に問われないのはおかしい。国際的なルールのもと、戦争犯罪を裁くためにつくられたのがICCです」。赤根さんの教え子の弁護士、社本洋典さんはそう話します。
ICCは、ウクライナに攻めこんだロシアのプーチン大統領に2023年、逮捕状を出しました。ロシアは赤根さんを「指名手配」し、ロシアに引きわたすよう、オランダに求めています。さらに24年、中東のパレスチナ自治区ガザでの攻撃が戦争犯罪にあたるとして、米国と仲の良い国イスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を出しました。また、過去にアフガニスタンで活動した米国の政府関係者らを捜査の対象にしています。
現在、125の国や地域がICCに参加しています。米国やロシア、イスラエル、中国は加わっていません。米国は「ICCは、ICCに入っていない国の個人を捜査の対象にし、権限を乱用している」と非難。赤根さんたち個人に加えて、ICC本体まで制裁の対象にしたのです。


どんな人も 法の上には立てない
不参加の国も捜査対象になりえる
アメリカ(米国)は国際刑事裁判所(ICC)への制裁を始めるのを180日間は待つとしています。制裁を受けると、米国の銀行や米国の会社との取引ができなくなります。職員の給料が支払えなくなり、捜査や裁判をするのが難しくなるかもしれません。
赤根さんは8月に開いた記者会見で、国際条約「ローマ規程」に従い、中立で公正に捜査、裁判をしてきたと説明。ローマ規程は、日本をふくむ120か国が賛成して決めたICCの国際ルールです。
ローマ規程では「ICCに参加している国で戦争犯罪がおきれば、その犯罪に関わった人を捜査、訴追できる」としています。つまり、ICCに加わっていない国の人も捜査の対象になりえるのです。しかし、米国のトランプ政権はこの点を「権限の乱用」とうったえ、「米国人の捜査は許さない」としています。
赤根さんは「ICCのみの問題ではなく『法の支配』の危機だ」とうったえます。法の支配は、権力者もそうでない人も、すべての人は法に従わなければならないという考え。ノーベル平和賞に選ばれたナビ・ピレイさんも法の支配の大切さを呼びかけます。
赤根さんが教え子たちに伝えた思い
国際社会における「法の支配」を守り、ICCを支えたい――。そんな思いから、赤根さんの教え子の弁護士たちが2025年に立ち上げたのが「Japan International Rule of Law network」、通称JIRoLです。Rule of lawは英語で法の支配という意味です。
検察官だった赤根さんは2005~08年、愛知県の法科大学院で教員として学生たちに教えていました。

当時の赤根さんについて、「とても熱心に指導してくれて、まちがえている箇所をていねいに教えてくれました。いつも目の前のことに一生懸命取り組む先生でした」とJIRoLのメンバーでもある社本洋典さんは話します。
JIRoLは、学生向けに赤根さんのオンライン講演会を開いたり、中学校で模擬裁判の授業をしたり、若い世代にもICCや法の支配を考える機会を作っています。
なぜ法の支配が大切なのでしょうか。「赤根さんは『法の支配』について話す時、No one is above the law.(どんな人も法の上に立つことはできない)という表現を用いていました」と、JIRoLのメンバーで弁護士の上松健太郎さん。「立場が上であろうと、下であろうと、みんなに共通するルール(法)に基づいて、人は生きている。法が機能する社会では、多くの人の意見だけでなく、『一人』の声にも耳をかたむけ、物事が決められる。だからこそ法の支配は大切なのです」

世界で広まる「力の支配」
この数年、法の支配をおびやかす事態があいついでいます。2022年のロシアによるウクライナ侵攻や、26年の米国のベネズエラ攻撃などです。大国の権力者が国際ルールを無視し、軍事力や経済力を用いて行動する「力の支配」が広がっています。
「圧力を受けている今のICCの状況を、私は危機とだけとらえていません。ICCや法の支配に関心を示す人が増えているのも事実。子どもたちにも、『法の支配』がある世界を守るため、どう向き合っていけばいいか、考えてもらえるとうれしいです」と上松さんは話します。

取材・文/重政美穂(朝日小学生新聞)
(朝日小学生新聞2026年10月14日付)
