
日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんがヒントを教えます。
※写真は、10月末に韓国であったAPEC首脳会談で開催された日中首脳会談を前に、中国の習近平国家主席(右)と握手を交わす高市早苗首相=2025年10月31日午後5時3分、韓国・慶州、代表撮影
首相の発言きっかけに日中関係が緊張
高市早苗首相が11月7日、衆議院予算委員会で台湾有事について具体的なケースを挙げながら「存立危機事態になりうる」と発言しました。存立危機事態となれば、日本は集団的自衛権を行使することができるので、ケースによっては日本がアメリカとともに中国と戦争するということを言ったことになります。歴代首相は台湾有事についての見解を明確に示すことを避けてきましたが、高市首相は初めて具体的に踏み込んだということです。
中国はこの発言に強く反発していて、日中関係は悪化しています。この先、どこまで悪化するのかは見通せませんが、当面日本経済に悪い影響は避けられず、とても心配なニュースです。このニュースを理解するには、まず台湾有事という言葉の意味から始めなければなりません。それを知るためには、中国と台湾と日本の歴史的な関係について知っておく必要があります。
まずは中国と台湾の歴史的関係を知ろう
まず、台湾と中国の関係を説明します。台湾は中国のあるユーラシア大陸から東に百数十キロの海上にある島です。九州と同じくらいの面積で、今は約2300万人が住んでいます。日本の江戸時代の初めごろから大陸側の清王朝が統治していましたが、1895年に日清戦争で勝利した日本が清から割譲をうけて統治しました。
清は1912年に孫文らによる辛亥革命で滅び、孫文の国民党が治める中華民国が誕生しました。ただ、中華民国は中国全土を治める力は持てませんでした。21年には中国共産党が誕生し、国民党と共産党が中国の支配をめぐって争うことになりました。国共内戦です。37年に日本と中国の戦争が始まると、両党は共同して日本と戦い、45年に日中戦争は日本の敗戦によって終わりました。終戦時には中華民国が中国を統治する国として世界で認められ、45年に誕生した国際連合には中華民国がメンバーとして参加しました。
しかし、日本という敵がいなくなると、国共内戦は再び激しくなりました。劣勢になったのは国民党で、中華民国の領土になっていた台湾に逃げ込みました。そして49年、大陸側に共産党が治める中華人民共和国が建国され、中華民国はほぼ台湾だけを領土とする国になりました。
日本が選んできた中国、台湾との複雑な関係
それでもしばらくは中華民国が唯一の中国でした。世界の多くの国が中華人民共和国を唯一の中国と認めたのは、70年代です。中華人民共和国は中華民国より人口が圧倒的に多く、面積も圧倒的に広いわけで、認めないことには無理があったのです。国連では71年に中華人民共和国が中国を代表する唯一の政府と認められ、中華民国は脱退します。
それと前後して、アメリカが中華人民共和国と国交を結ぶこととし、日本も田中角栄首相が中華人民共和国を訪問し、国交を結ぶことにしました。そこで出された日中共同声明では「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重する」としました。
これによって、日本から見ると中華民国という国はなく、台湾という地域があるという形になりました。このため、中華民国(台湾)との正式な外交関係はなくなりました。世界の多くの国も日本と同じような立場をとり、今も中華民国(台湾)を国と認めているのは12カ国だけです。
ただ、日本には今も台湾びいきの人がたくさんいます。台湾が民主主義で統治され、人々の自由が保証されていることが、指導者の力が強い専制主義的な中国より好ましいと感じているのです。また、戦前の日本統治時代に台湾の近代化が進んだことなどから、台湾の人が親日的なことも背景にあると思います。
こうしたことから「台湾とは正式な外交関係はなく、中国の領土の一部という中国の立場も尊重する。けれども、台湾とは仲のいい友人でありたい」というのが日本政府の複雑な立場です。
そして「台湾有事」とは
では次に、台湾有事とは何か、ということです。中国の習近平国家主席は「ひとつの中国」にこだわり、台湾を中国に統一させることを目指しています。台湾は現在、国としての独立を目指す民進党が政権を担っており、統一には絶対反対の立場です。そうなると、中国が台湾に武力侵攻して統一を目指すのではないかと心配されているのです。この中国の台湾への武力侵攻のことを日本では台湾有事とよんでいます。中国を刺激することを避けて、「有事」というぼかした言い方をしているのです。
日本は戦後、戦争をしないことをうたった憲法9条を持ち、個別的自衛権による専守防衛しか認めていませんでした。つまり、自分の国が他国から攻撃された時には自国を守るために武力行使をするが、それ以外では武力行使はできないということでした。しかし、台湾有事を含む東アジア情勢の緊迫化を理由に、安倍晋三政権が15年に憲法の解釈を変えて新しい法律をつくり、他国と一緒に武力行使ができる集団的自衛権を持つことにしたのです。
ただ、どんな戦争にも参加するのではなく、歯止めを設けました。日本と密接な関係にある他の国が攻撃され、日本に明白な危険がある「存立危機事態」なら集団的自衛権を行使できるとしたのです。高市首相は、中国軍が台湾周辺の海に軍艦を並べて海上封鎖すれば存立危機事態にあたり武力行使ができると答えたのです。
歴代政権やアメリカは、台湾有事についての具体的なケースには言及しない「あいまい戦略」をとってきました。中国に手の内を見せることや中国の反発を招くことを避けたのです。高市首相は発言の翌日、発言を撤回しないものの、「反省点として」と前置きをして、「特定のケースを想定したことについてこの場で明言することは慎む」と述べました。
しかし、両国の緊張がこれでとけることはありませんでした。中国政府は日本への渡航を自粛するよう呼びかけるなど、さまざまな圧力を日本にかけています。過去にも尖閣諸島の領土問題などで日中関係が緊張したことがあります。通常の日中関係に戻すには年単位の時間がかかりました。日中両国の多くの人が早い収拾を望んでいると思いますが、なかなかそうはいきそうにないようです。

一色清(いっしき・きよし)さん
朝日新聞社に勤めていた時には、経済部記者、アエラ編集長、テレビ朝日 「報道ステーション」コメンテーターなどの立場でニュースと向き合ってきた。アイスホッケーと高校野球と囲碁と料理が好き。









