19×19目の方眼をひいた盤の,交点の目に,2人の対局者が交互に黒白の石を置き,おたがいの囲いこんだ地の広さ(目の数)を競うゲーム。紀元前10世紀前にインドまたは中国で生まれたといわれ,日本には735年,遣唐使吉備真備が中国から伝えたともいわれている。平安時代から宮廷貴族のあいだで愛好され,戦国時代になり京都の僧日海が専門の域にまで高めて,織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の囲碁の師となり,第1世本因坊(名人算哲)を名のる。以降,江戸幕府の保護を受け,本因坊家をはじめ4家の家元が幕府碁所をつかさどった。一方で一般の武士・町人のあいだにも広く普及した。明治維新以降は公の棋士(囲碁の専門競技者)はいなくなり一時衰退したが,1924(大正13)年,本因坊家を中心に日本棋院が発足。初段から九段までのプロ棋士を認定し,本因坊戦をはじめ各種名人戦を新聞社とともに主催し,囲碁の普及と向上につとめている。また,本家中国,韓国をはじめ世界各国でも囲碁の愛好者は多い。ちなみに連珠(五目並べ)は碁盤と碁石を用いるがまったく別のゲームである。