エカテリーナにせい【エカテリーナ2世 】 (1729〜1796)ロシアの女帝(じょてい)(在位(ざいい)1762〜1796)。大帝(たいてい)ともいわれる。ドイツの小貴族(きぞく)の娘(むすめ)で,1745年,のちのロシア皇帝(こうてい)ピョートル3世(在位(ざいい)1762)と結婚(けっこん)。クーデターで夫の皇帝(こうてい)を追放し,かわって位(くらい)についた。啓蒙(けいもう)君主とよばれ,新しい法典(ほうてん)を編(へん)さんさせたが,農奴(のうど)に対する貴族(きぞく)の特権(とっけん)を強化し,トルコとたたかって黒海北岸の地をとり,ポーランド分割(ぶんかつ)で領土(りょうど)を広げた。コーチ 使節(しせつ)ラクスマンにともなわれて漂流民(ひょうりゅうみん)の大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)が日本に帰国できたのは,エカテリーナ2世のはからいによる。