おきたそうじ【沖田総司】 (1844?〜1868)幕末(ばくまつ)期の武士(ぶし),剣士(けんし)。新撰組(しんせんぐみ)一番隊(いちばんたい)組長。江戸(えど)の白河藩屋敷(しらかわはんやしき)(現在(げんざい)の港(みなと)区)で生まれる。少年時代,天然理心流(てんねんりしんりゅう)の道場の内弟子となる。新撰組(しんせんぐみ)の近藤勇(こんどういさみ),土方歳三(ひじかたとしぞう)とは同門。卓越(たくえつ)した剣(けん)の使い手として知られ,1863年に京都(きょうと)で結成(けっせい)された新撰組(しんせんぐみ)の一番隊(いちばんたい)組長となり活躍(かつやく)した。しかし結核(けっかく)にかかっており,1864年の池田屋事件(いけだやじけん)のときは,現場(げんば)で喀血(かっけつ)して倒(たお)れたといわれる。1868年1月の鳥羽(とば)・伏見(ふしみ)の戦(たたか)いには参加(さんか)できず,体調を崩(くず)して江戸(えど)へ戻(もど)り療養(りょうよう)したが,同年7月死去した。