*ぎわだんじけん【義和団事件】

中国(ちゅうごく),清朝(しんちょう)末期(まっき)におこった外国(がいこく)排斥(はいせき)運動(うんどう)。北清(ほくしん)事変(じへん)ともいう。列強(れっきょう)勢力(せいりょく)やキリスト教(きょう)の進出(しんしゅつ)に反感(はんかん)をもった民衆(みんしゅう)は,宗教(しゅうきょう)結社(けっしゃ)の義和団(ぎわだん)に入(はい)って鉄道(てつどう)や教会(きょうかい)をおそった。運動(うんどう)は山東省(しゃんとんしょう)からおこって北京(ぺきん)にもおよび,1900年(ねん)には外国(がいこく)公使館(こうしかん)を包囲(ほうい)した。清朝(しんちょう)は義和団(ぎわだん)を支持(しじ)して,各国(かっこく)に宣戦(せんせん)を布告(ふこく)。日本(にほん)とロシアを中心(ちゅうしん)にイギリス・アメリカ合衆国(がっしゅうこく)・フランス・ドイツ・イタリア・オーストリアの8か国(こく)は連合(れんごう)軍(ぐん)を送(おく)って北京(ぺきん)を占領(せんりょう)し,1901年(ねん)清朝(せいちょう)を屈伏(くっぷく)させて,巨額(きょがく)の賠償金(ばいしょうきん)や外国軍(がいこくぐん)隊(たい)の駐屯(ちゅうとん)権(けん)をとり,中国(ちゅうごく)の半植民地(はんしょくみんち)化(か)をすすめた。

コーチ
この間(あいだ)にロシアは中国(ちゅうごく)東(とう)北(ほく)区(く)(満州(まんしゅう))を占領(せんりょう)し,日本(にほん)との緊張(きんちょう)を高(たか)めた。

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