けんしょういん(ちよ)【見性院(千代)】 (1557〜1617)戦国(せんごく)時代〜江戸(えど)時代初期(しょき)の女性(じょせい)。土佐(とさ)国土佐藩(とさはん)初代藩主(しょだいはんしゅ),山内一豊(やまうちかずとよ)の正室。本名は「千代(ちよ)」あるいは「まつ」ともいわれる。教養(きょうよう)があり,夫(おっと)を賢(かしこ)く支(ささ)えて出世させたので,第二次世界大戦(たいせん)前の女子教育では良妻賢母(りょうさいけんぼ)のモデルとして様々な逸話(いつわ)が教材(きょうざい)とされた。最(もっと)も有名な逸話(いつわ)の1つは,嫁入(よめい)りの持参金(じさんきん)で夫(おっと)に名馬を購入(こうにゅう)したというもの。その名馬が主君織田信長(おだのぶなが)の目に留(と)まり,一豊(かずとよ)は加増(かぞう)されたといわれる。