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こうごねんじゃく【庚午年籍】

670年,天智天皇(てんじてんのうの命によってはじめてつくられたという戸籍(こせき氏姓(しせいの決定,班田収授(はんでんしゅうじゅのための基本台帳(きほんだいちょうとしてつくられたとされ,690年の「庚寅年籍(こういんねんじゃく」とともに日本最古(さいこ戸籍(こせきといわれる。701年の大宝律令(たいほうりつりょうでは戸籍(こせきは6年ごとに作成(さくせいし,30年の保存(ほぞんが定められたが,庚午年籍(こうごねんじゃくだけは永久保存(えいきゅうほぞんすることが定められている。ただし,庚午年籍(こうごねんじゃくは,現在(げんざいまで,その残簡(ざんかん(へんりんすら発見されていない。◇2012(平成(へいせい24)年6月,福岡(ふくおか太宰府(だざいふ市の国分松本遺跡(こくぶまつもといせきで,7世紀(せいき後半の木簡(もっかん(しるされた国内最古(さいこ戸籍史料(こせきしりょうが発見された。これは戸籍台帳(こせきだいちょうではなく,(分割(ぶんかつや人数の増減(ぞうげん(しるしたもので,おそらく庚寅年籍(こういんねんじゃく(もとづいて,その6年後(696年)の戸籍作成(こせきさくせいに向けての帳簿(ちょうぼであろうと推定(すいていされている。⇒戸籍(こせき大宝律令(たいほうりつりょう

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