メニュー閉じる

さかのうえのたむらまろ【坂上田村麻呂】

(758〜811)平安時代初期(しょき武将(ぶしょう渡来(とらい人の子孫(しそん桓武天皇(かんむてんのう軍事的才能(ぐんじてきさいのうをみとめられ,797年に征夷大将軍(せいいたいしょうぐん任命(にんめいされて蝦夷(えみし抵抗(ていこう制圧(せいあつ,802年には胆沢城(いさわじょう岩手(いわて県)をきずいて,多賀城(たがじょうにあった鎮守府(ちんじゅふを,ここにうつした。


PAGETOP