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**にいがた【新潟(県)】

県名の由来

新潟とは,砂州(さすによって新しく形成(けいせいされた潟湖(かたこのことである。県名は県庁(けんちょう新潟(にいがた町におかれたことからつけられた。

県庁所在地

新潟(にいがた

県の面積

1万2584km2

県の人口

237万人

県の代表的な伝統工芸品と祭り

〔伝統工芸品〕

 ○小千谷(おぢやつむぎ ○小千谷(おぢやちぢみ ○塩沢(しおざわつむぎ ○本塩沢(ほんしおざわ ○村上木彫(むらかみきぼ堆朱(ついしゅ

〔祭り〕

 ○弥彦灯籠(やひことうろう神事(弥彦(やひこ村,7月25日)

位置(いち・地形・気候(きこう

新潟(にいがた県は中部地方の北東部に位置(いちし,日本海に面して北東から南西にのびている。日本海には,佐渡島(さどがしま(あわ島がある。

北の山形(やまがた県との(さかいには朝日(あさひ山地が,東の福島(ふくしま県や群馬(ぐんま県との(さかいには越後山脈(えちごさんみゃくがそびえ,南の長野(ながの県との(さかいには妙高連峰(みょうこうれんぽうがつらなっている。さらに,西の富山(とやま県との(さかいには,飛騨山脈(ひださんみゃくの北のはしが日本海に向かってのび,親不知(おやしらず断崖(だんがいをつくっている。

県の中央部の海岸地域(ちいきに大きく広がる越後(えちご平野は,信濃(しなの川と阿賀野(あがの川が運んできた土砂(どしゃ(もってできた平野である。また,(あら川の下流には高田(たかだ平野がある。

海岸線は単調(たんちょうで,砂丘(さきゅうがつづいている。

気候(きこうは,典型的(てんけいてきな日本海(がわ気候(きこうで,日本一の豪雪地帯(ごうせつちたいである。夏の気温は高く,春から夏にかけてフェーン現象(げんしょうもおきる。

歴史(れきし

昔は越後(えちご国といった。鎌倉(かまくら時代には比企氏(ひきし佐々木氏(ささきし名越氏(なごししが,室町(むろまち時代には上杉氏(うえすぎし守護(しゅごとして統治(とうちし,戦国(せんごく時代には上杉謙信(うえすぎけんしん現在(げんざい富山(とやま県や石川(いしかわ県までを支配(しはいした。江戸(えど時代になると,上杉氏(うえすぎし米沢藩(よねざわはん山形(やまがた県)にうつされ,越後(えちご高田藩(たかだはんなど11の小藩(しょうはん分割(ぶんかつされた。佐渡(さど幕府直轄(ばくふちょっかつ地となった。

明治(めいじ廃藩置県(はいはんちけんによって,佐渡(さど県もふくめて12の県が成立(せいりつしたが,のちに統合(とうごうされ,さらに1886(明治(めいじ19)年に福島(ふくしま県だった蒲原郡(がまわらぐん合併(がっぺいして,現在(げんざい新潟(にいがた県が成立(せいりつした。

産業(さんぎょう

積雪(せきせつ期間が長いため,裏作(うらさくのむずかしい水田単作地帯(たんさくちたいであり,越後(えちご平野を中心とした米の生産量(せいさんりょうは全国第1((2010年)である。米の生産額(せいさんがくは農業全体の3分の2以上をしめる。海岸の砂丘(さきゅう地では,スイカ・ナシ・タバコのほか,チューリップなどの球根栽培(さいばいがさかんである。

日本海ぞいの平野部と海底(かいてい油田からは,少量(しょうりょうではあるが,石油と天然(てんねんガスが産出(さんしゅつされる。

工業は,石油化学工業と金属(きんぞく工業が中心で,新潟(にいがた市に製油(せいゆ・化学・食品工業,上越(じょうえつ市に化学・鉄鋼(てっこう非鉄金属(ひてつきんぞく長岡(ながおか市・妙高(みょうこう市に電子工業がある。このほか,(つばめ市の洋食器(ようしょっき三条(さんじょう市の刃物生産(はものせいさんは,古くからの地場産業(さんぎょうである。

また,小千谷(おぢやちぢみ,長岡(ながおか市・三条(さんじょう市の仏壇(ぶつだん村上(むらかみ市の木彫(きぼ堆朱(ついしゅなど,国の指定を受けた伝統的工芸(でんとうてきこうげい品も多い。

日本海(がわ玄関新潟(げんかんにいがた

日本海に面して位置(いちする新潟(にいがた市は,ロシアや韓国(かんこくの都市と,航空機(こうくうきや船でむすばれている。日本海をはさんで向かい合っているこれらの国の(しょ都市は,21世紀(せいきをむかえ,よりいっそうの経済協力(けいざいきょうりょくを進めていこうとしている。この動きは(かん日本海構想(こうそうとよばれる。

新潟(にいがた市と海外とのつながりは,1868(明治(めいじ1)年に新潟(にいがた港が開港したことにさかのぼる。現在(げんざいでは,新潟(にいがた港からは韓国(かんこく釜山(プサン,中国の大連(ターリエン,東南アジア諸国(しょこくへの航路(こうろが開通しており,海上貿易(ぼうえきの日本海(がわ拠点(きょてんとなってきている。

空の便(びんは,1973(昭和48)年に新潟(にいがた空港からロシアのハバロフスクへの国際(こくさい定期路線が開通したことに始まる。その後,韓国(かんこくのソウル,ロシアのイルクーツク・ウラジオストクへの定期路線も開通した。中国・東南アジア・ハワイなどへは,チャーター便(びん就航(しゅうこうし,いまでは,新潟(にいがた空港は日本海(がわ国際的(こくさいてきな空の玄関(げんかんとなっている。

また新潟(にいがた市は,ロシアのハバロフスク市や中国のハルビン市などと姉妹・友好(ゆうこう都市となって,さまざまな交流を深めている。

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