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*みなもとのさねとも【源実朝】

(1192〜1219)鎌倉幕府(かまくらばくふ第3代将軍(しょうぐん源頼朝(みなもとのよりともの次男。母は北条政子(ほうじょうまさこ北条氏(ほうじょうし策略(さくりゃくで兄頼家(よりいえに代わり将軍(しょうぐんになったが,実権(じっけんはなく,その反発もあって京文化にあこがれ,官位(かんい昇進(しょうしんをのぞんだ。1218年に右大臣(うだいじんとなったが,翌年(よくねん鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう社頭(しゃとう拝賀(はいが式にのぞんだおり,おいの公暁(くぎょう頼家(よりいえの子)にころされた。

コーチ

 歌人としてもすぐれ,藤原定家(ふじわらのていか師事(しじし,万葉(まんよう調の風格(ふうかくある和歌をのこした。歌集に『金槐和歌集(きんかいわかしゅう』がある。

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