やまもといそろく【山本五十六】 (1884〜1943)大正〜昭和時代の軍人(ぐんじん)。新潟(にいがた)県に生まれる。日露戦争(にちろせんそう)では従軍(じゅうぐん)して負傷(ふしょう),アメリカ合衆国駐在武官(がっしゅうこくちゅうざいぶかん)のときはハーバード大学に学んでいる。以後(いご),海軍航空(かいぐんこうくう)本部長・海軍次官(かいぐんじかん)などを歴任(れきにん)。日独伊(にちどくい)三国同盟(どうめい)に反対したが,太平洋戦争(せんそう)では開戦(かいせん)時の連合艦隊司令長官(れんごうかんたいしれいちょうかん)として真珠湾攻撃(しんじゅわんこうげき)やミッドウェー海戦(かいせん)の指揮(しき)をとった。ソロモン諸島(しょとう)上空で戦死(せんし)。