ユーラシア大陸北部にある,ヨーロッパ州とアジア州にまたがる国。世界最大の面積をもつ(日本の約45倍)。政治体制は共和制で,元首は大統領。首都:モスクワ,面積:1709.8万km2(2015年),人口:1億4399万(2017年),言語:ロシア語(連邦公用語),100以上の言語,宗教:キリスト教(ロシア正教)など,民族:ロシア人,タタール人,ウクライナ人など100以上の民族。
〔自然のようす〕
ウラル山脈以西のヨーロッパ部には東ヨーロッパ平原が広がる。東側のアジア部には西シベリア低地や中央シベリア高原が広がり,その東部や南部は山地で,オビ川・エニセイ川・レナ川などの大河の水源となっている。気候は大部分が冷帯に属し,夏と冬の気温の差が大きい。とくにシベリアの内陸部は冬の寒さがきびしい。黒海周辺は温帯,北端は寒帯に属する。
コーチ
面積が世界一広く,東西の経度差が約170度あるため,国内に11の標準時がある。
〔帝政とロシア革命〕
9世紀後半,東スラブ人の土地にノルマン人が進出し,ノヴゴロド公国を建国。13世紀にはモンゴル軍がたてたキプチャク=ハン国に支配された。14世紀にモスクワ大公国が生まれ,16世紀後半にイワン4世(雷帝)が中央集権体制を完成させた。その後,18世紀にはシベリアまで領土を拡大し,ヨーロッパ列強の1つとなった。第一次世界大戦中の1917(大正6)年3月(ロシア暦2月)におこった二月革命(三月革命)で帝政は終わり,さらに11月に十月革命(十一月革命)がおこった結果,共産党独裁体制が誕生。1922年,ロシア・ウクライナ・ベラルーシ(白ロシア)などとともにソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)を結成した。
〔ソ連の解体〕
ソ連は,農業集団化や5か年計画など社会主義政策のもとで,農業国から工業国への転換をはかった。第二次世界大戦後は東ヨーロッパ諸国を勢力下におき,資本主義国のアメリカ合衆国とならぶ超大国となった。この結果,アメリカを中心とする西側諸国とソ連を中心とする東側諸国が対立する冷戦が到来した。しかし,ソ連経済が大規模化・複雑化するにつれて,それまでの社会・経済のしくみが逆に発展のための障害となってきた。1985(昭和60)年に誕生したゴルバチョフ政権はペレストロイカ(改革)政策をかかげ,グラスノスチ(情報公開)と協調外交路線の推進,市場経済の導入などの改革をおし進めた。この結果,アメリカ合衆国との関係が改善し,1989(平成元)年には,冷戦が終結した。これらの急速な改革は国内の民族意識を高めることになり,1991年9月にバルト3国が独立し,12月にはジョージアをのぞく11か国が独立国家共同体(CIS)を結成した。これにともない,同年末にソ連は消滅した。
〔産業のようす〕
資源大国であり,金・鉄鉱石・ダイヤモンド・石油・天然ガス・石炭のいずれも豊富で,これらの資源を基礎にして,ソ連時代に重工業部門を中心とする工業が成長し,各地に工業地帯が生まれた。しかし,ソ連解体後は,設備の老朽化や,環境対策の遅れなどが表面化した。この影響で経済的におちこんだが,現在は石油産業を中心に成長が続いている。農業は,ソ連時代にコルホーズ(集団農場)とソフホーズ(国営農場)を2本柱としてきたが,1991(平成3)年に農民の独立が認められた。小麦・大麦・ジャガイモ・ライ麦など,世界有数の生産量をほこる農作物も多い。
〔民族問題〕
少数民族の自立・独立を目ざす運動は,ソ連解体後もロシアをなやませている。1992(平成4)年3月,ロシア国内の自治共和国・自治州に実質的な自治権を認める内容の条約が,中央政府と自治共和国・自治州の間で結ばれたが,チェチェンはロシアからの独立をはかったため,1994〜1997年にロシア軍との戦闘になった。その後もチェチェン独立派のテロがたびたびおきている。
〔日本との関係〕
ソ連の時代に発生した北方領土問題がロシアの成立後も未解決のままで,日本とロシアが平和条約を結ぶうえで大きな障害となっている。
〔日本との貿易〕
ロシアから日本への輸出:原油,液化天然ガスなど。
ロシアの日本からの輸入:乗用車,一般機械など。(2015年)
〔国名の由来〕
ロシアは,ノルマン人,またはこぎ手を意味するルーシからおこったものといわれている。
〔国旗の由来〕
ピョートル大帝がオランダの三色旗の配色順を変えて,帝政ロシアの国旗としたもの。