どうして時間はあるの

どうして時間はあるの

時間(じかん)はだれにでもあります。時間(じかん)を時計(とけい)ではかれば、1日(にち)はだれにでも24時間(じかん)と決(き)まっています。

もちろん、時計(とけい)などなくても、木(き)の影(かげ)の動(うご)きを見(み)ていれば、時間(じかん)が決(き)まった速(はや)さで進(すす)んでいくのがわかります。また、夜空(よぞら)の星(ほし)の動(うご)きや月(つき)のみちかけを見(み)れば、時間(じかん)が年月(ねんげつ)の単位(たんい)ですぎていくことにも気(き)づきます。つまり、人類(じんるい)は太陽(たいよう)や月(つき)や星(ほし)の動(うご)きから時間(じかん)をはかることを思(おも)いついたのです。
また、時間(じかん)をはかる人間(にんげん)がいなくなっても、時間(じかん)はあります。
たとえば、人間(にんげん)がいなくても、クマは冬眠(とうみん)するでしょうし、サケは毎年(まいとし)川(かわ)をのぼるでしょう。サクラも必(かなら)ず春(はる)に花(はな)をさかせます。このように人間(にんげん)がいなくても時間(じかん)はあるのです。
では、宇宙(うちゅう)のすべての物(もの)が動(うご)くのをやめて止(と)まってしまったら、時間(じかん)はどうなるのでしょうか。そこに時間(じかん)があるのかないのかわかりませんし、また、あってもはかることは不可能(ふかのう)です。
しかし、実際(じっさい)には宇宙(うちゅう)の星(ほし)は止(と)まらずに、いつも動(うご)いています。だから、時間(じかん)も必(かなら)ずあるのです。

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