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どうしていぬ年はあるのにねこ年はないの

どうしていぬ年はあるのにねこ年はないの

これには有名(ゆうめい)昔話(むかしばなし)があります。ここでちょっとしょうかいしておきましょう。

むかしむかしあるところに神様(かみさま)()んでいました。神様(かみさま)は、そこにすんでいる動物(どうぶつ)たちに、1(がつ)1(にち)にあいさつに()るように()いました。
なんでも、その()最初(さいしょ)にあいさつに()動物(どうぶつ)から12番目(ばんめ)()動物(どうぶつ)までを、(とし)動物(どうぶつ)にしてくださると()うことなのです。これを()いた動物(どうぶつ)たちは、(なん)とか(とし)(どう)(ぶつ)になろうとしてはりきってでかけました。ところが、ネコはうっかりして、いつ神様(かみさま)のところに()けばいいのかをわすれてしまったのです。こまったネコは、ネズミの(ところ)()きにいきました。
ところが、ネズミは意地悪(いじわる)をして、ネコに1(にち)おそい()(おし)えたのです。1(がつ)1(にち)になって、ネズミは神様(かみさま)のところに1(ばん)()りでした。ところが、ネズミにだまされて、(つぎ)()にやってきたネコは、12番目(ばんめ)までの動物(どうぶつ)になれなかったのです。このことがあってから、ネコとネズミは(なか)(わる)くなってしまいました。

このようなお(はなし)です。しかし、これはあくまでもつくり(ばなし)であって、これが本当(ほんとう)理由(りゆう)というわけではありません。
では、本当(ほんとう)理由(りゆう)(なに)か。残念(ざんねん)ながら、これがはっきりとわかっていないのです。十二支(じゅうにし)というものがつくられたのは、大昔(おおむかし)中国(ちゅうごく)でのことです。もちろん大昔(おおむかし)中国(ちゅうごく)にネコがいなかったわけではありません。それどころか、ネコは中国(ちゅうごく)でも非常(ひじょう)身近(みぢか)()(もの)でした。そんなネコがなぜ十二支(じゅうにし)のなかに(はい)っていないのか、本当(ほんとう)になぞなのです。
(むかし)(ひと)も、理由(りゆう)がわからなかったために、このようなお(はなし)(かんが)えたのではないでしょうか。

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