「電力需給ひっ迫注意報」が出たらどうする? ー効果的な節電のしくみを考えてみようー
こたえ:
2022年3月21日、資源エネルギー庁は東京電力管内(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、栃木県、群馬県、茨城県、山梨県、静岡県の富士川以東)を対象に「電力需給ひっ迫注意報」を発令しました1)。電力需給ひっ迫注意報は、家・店・企業などが必要とする電力(需要)に対して電力会社が送ることができる電力(供給)が足りなくなるかもしれない、と広く知らせて、電力の使用量の節約(節電)を呼びかけるものです。これを受けて、22日には東京スカイツリーや東京タワーがライトアップを取りやめたので、「ニュースで見たよ」という人も多いでしょう。東京電力管内では、2022年6月下旬にも4日間にわたって電力需給ひっ迫注意報が出され、多くの家庭・店・企業が節電に協力しました。今回は、なぜ、電力が足りなくなるのか、効果的な節電のためには何ができるのかを考えます。
1)経済産業省の2022年3月21日付ニュースリリース「3月22日は電力需給が厳しくなる見込みのため東京電力管内で節電のご協力をお願いします【需給ひっ迫注意報】」:https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220321001/20220321001.html
なぜ、電 力 が足 りないの?
「電力が足りないなら、発電する量を増やせばいいんじゃない?」――こんな疑問をもった人もいるでしょう。たしかに、発電所でたくさん電気をつくって使う場所まで届ければ、問題は解決しそうです。けれども現実は、そう簡単にはいかないのです2)。
その理由の1つは、動いていない発電所があること。2011年3月11日に発生した東日本大震災の影響で、2022年の時点で多くの原子力発電所が運転を停止しています。これらを再び運転させるにはさまざまな対策を取らなければなりません。
動いている発電所の数が減っているのは火力発電も同じ。設備が古くなっていることや、世界的な脱炭素の流れもあり、次々と火力発電所が休止・廃止されています。さらに、燃料となる液化天然ガス(LNG)が値上がりして、発電した電気を売っても利益が出ないことなど、火力発電所の発電量を増やすのにもハードルがあります。
原子力や火力による発電が減った分をカバーすると期待がかかるのが、太陽光や風力などの再生可能エネルギーです。実際、再生可能エネルギーによる発電は増えていますが、日照時間や風速といった自然条件は常に変化していて、発電できる量が一定でないため、必要なときに必要な量の電気がつくれるとは限らないのです。
電気ならではの「大量にためられない」ことも、発電量を増やせない理由にあげられます。発電所では発電機を回転させることによって電気をつくっていますが、急にたくさんの電流を流さなければならなくなると、発電機を回すのがたいへんになり、一定の回転速度を保つことが難しくなります。ですから、発電量はなるべく使う量と同じにしなければならないのです3)4)。
こうした理由から、わたしたちには、電気の使い方にムダがないかを見直して使う量を節約する「節電」が求められているのです。
[参考]
2)資源エネルギー庁『かがやけ! みんなのエネルギー』:https://energy-kyoiku.go.jp/wp-content/themes/energy/assets/pdf/teaching-materials/downloads/type-orange/k1/digital_shogakusei_jido.pdf
3)資源エネルギー庁「電力バランスゲーム〜町に電気をとどけよう〜」:https://www.enecho.meti.go.jp/about/kids/game/
4)資源エネルギー庁『電気の安定供給のキーワード「電力需給バランス」とは? ゲームで体験してみよう』:https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/balance_game.html
どうすれば節電 できるの?
――効果的 な節電 のために知 っておきたい3つの考 え方
では、実際に節電をしようと思い立ったとき、どんな行動をとればよいのでしょうか? 節電の考え方には、大きく分けて①ピークカット、②ピークシフト、③ボトムアップ、の3つがあります。①のピークカットは、1日のうち最も多く電力が使われる「ピーク時間帯」(夏季は午後1時~4時ごろ)に使う電力を減らすこと。②のピークシフトは、ピーク時間帯からそれ以外へ、電力を使う時間帯をずらすこと。③のボトムアップは、使われる電力の少ない深夜などに電力を使うことです。
①ピークカット
ピークカットは、いろいろな行動が考えられますね。たとえば、ピーク時間帯に照明の一部を消すことや、夏は涼しい場所に、冬は暖かい場所に集まってエアコンの使用台数を減らす「クールシェア」「ウォームシェア」は、ピークカットに効果的です。ほかには、家に設置した太陽光発電パネルで発電した電力を使うのも、電線を通って家に届けられる電力(系統電力)のピークカットにつながります。
②ピークシフト
ピークシフトは、使用電力の少ない時間帯にあらかじめ電気をためておいて、ピーク時間帯に使うこと。ですからピークシフトのためには、深夜電力や太陽光発電パネルで発電した電気などをためておく蓄電池(バッテリー)が必要です。蓄電池には、リチウムイオン電池やニッケル水素電池、鉛蓄電池などの種類があります。
③ボトムアップ
ボトムアップは、夜間などピーク時間帯以外に積極的に電気を使うことです。ピークシフトに似ていますが、夜間に電気をためておくのではなく夜のうちに使うのが、ボトムアップの特徴です。食器洗い機や洗濯機のタイマーを設定しておいて夜中のうちに使うのは、ボトムアップになります。
これら3つに共通するのは、電力需要の山をならすこと。ピークカットは頂上を下げて、ピークシフトは頂上をくずした上で周りに移して、ボトムアップはふもとの高さを上げて、それぞれ山を平らに近づけていきます。このように電力需要の変動を抑えることを「負荷平準化」といいます。
どんなものがピークシフトに役立 つの?
節電のための3つの考え方の中で「これならできそう」と思ったものはありましたか? ピークカットは「今でもやっているよ」という人がいるかもしれません。それとは逆に、ピークシフトは「難しそう」と感じたのではないでしょうか。難しく感じられるのは、蓄電池が必要だからです。
蓄電池は災害で停電したときにも使えるので、防災用品としても役立ちます。とはいえ、まだまだ家庭用の蓄電池は値段が高く、用意している家は限られていますから、「蓄電池を使ってピークシフトをしよう」と言われても、ピンとこない人が多いはずです。
けれども、実は家庭用の蓄電池と同じような働きをするものが、みなさんの身の回りにあります。その例を紹介しましょう。
①電気自動車
クルマ好きの人なら、すぐに思いついたのでは? 電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)は主にリチウムイオン電池を載せていて、クルマが数百km走れるくらいの電気を蓄えておけますね。
この電池に蓄えた電気を家で使う「ビークルトゥホーム」(Vehicle to Home、V2H)というしくみがあります5)6)。深夜電力や太陽光で発電した電気をEV・PHEVの電池に充電しておいて走らせたり、EV・PHEVの電池に蓄えた電気をピーク時間帯に家で使ったりすれば、ピークシフトになります。
たとえば、トヨタホームのV2Hシステム「V2ZEH」(Vehicle to Zero Energy House)※1の場合、車種にもよりますが、最大で約4日分の電気をEV・PHEVから家へ送れます※2。また、60kWhの電池を搭載した日産自動車のEV「リーフe+」は、V2H装置につなぐことで約4日分の電気を家に供給できます※2。
※1 「V2ZEH」は、省エネ設備や創エネ設備(太陽光発電パネルなど)によってエネルギー収支をゼロにする「ZEH」(net Zero Energy House)とV2Hを組み合わせたシステム。
※2 トヨタ自動車の「プリウス」「プリウスPHV」が外部へ供給できる電力量は、ガソリン満タン・満充電時で約40kWh。一般家庭が日常に使用する電力量を1日当たり10kWhとして、太陽光発電がフル稼働した場合の供給可能時間を試算した。
※3 一般家庭が使用する電力量を1日当たり12kWhとしたときの試算。
[参考]
5)トヨタホーム「いつもはエコ。もしもは安心。V2ZEH」:https://www.toyotahome.co.jp/chumon/technology/v2zeh/lan/
6)日産自動車「リーフの電気は、家でも使える。」:https://ev2.nissan.co.jp/LEAF/V2H/
②自動販売機
外出先でのどがかわいたとき、頼りになるのが飲みものの自動販売機。あの自動販売機にも、さまざまな節電のしくみが取り入れられています。そのうちの1つが、夜間に集中して飲みものを冷やし、昼間に使用する電力を減らす「ピークシフト自販機」。自動販売機で飲みものを買うことが、ピークシフトにつながるのです。
多くの自動販売機は、気温の上がる昼間に飲みものを冷やします。それに対してピークシフト自販機は、あまり電力が使われない夜間に冷却し、そのほかの時間帯は最長16時間にわたって冷却運転を止めます。昼間は運転のための待機電力だけを使うため、夏の日中に使用する電気を最大で95%減らすことができるというわけです7)。
昼間に冷却運転を止められるのは、中に入った飲みもの自体が保冷剤の役割を果たすから。真空断熱材を使う量を増やして自動販売機の断熱性を向上させたり※3、とびらの気密性を高めたりして、冷たい空気が外へ逃げるのを防いでいるため、以前の自動販売機より飲みものの温度が上がりにくくなりました。さらに、冷却性能も以前の自動販売機より高いので、冷却運転の時間が短くなっています。
ピークシフト自販機が開発されたのは2012年8)。2015年には、設置台数が10万台を突破したそうです9)。
※3 関連記事「水筒の中身の温度はなぜ変わらない? ー保冷・保温のふしぎー」:https://kids.gakken.co.jp/kagaku/kagaku110/science220523/
[参考]
7)コカ·コーラ ボトラーズジャパン「ピークシフト自販機について」:http://j.cocacola.co.jp/peak_shift/about/
8)富士電機リテイルシステムズ「日中の冷却停止を可能にしたピークシフト型の自動販売機開発について」.2012年6月27日:https://www.fujielectric.co.jp/about/news/detail/2012/20120627113001494.html
9)コカ·コーラ ボトラーズジャパン「よくあるご質問」:https://j.cocacola.co.jp/info/faq/detail.htm?faq=18508
③モバイル機器
みなさんにとってクルマよりも自動販売機よりも触れる機会の多い、蓄電池を搭載するものがありますね。それは、学校の授業でも使うタブレット端末(タブレット)やノートパソコン、スマートフォンといったモバイル機器です。これらも、使い方次第でピークシフトが実現できます。
たとえばタブレット。多くの人は、タブレットを学校から持ち帰ったら、夜のうちに充電して翌日に持っていくでしょう。電力需要の少ない夜間の電気を使って蓄電池に充電しておき、電力需要がピークになる昼間に使えば、りっぱなピークシフトになります。
モバイル機器の中には、メーカーが用意したピークシフト機能を使えるものもあります。製品によって機能の内容はちがいますが、蓄電池の残量が設定した容量より多いときは、ACアダプターにつながっていても蓄電池の電気を優先して使う設定や、時間帯
によってACアダプターと蓄電池を切りかえる設定ができます。家にある機器の機能をチェックして、ピークシフト機能があれば利用するなど、上手にピークシフトができるといいですね。
無理 なく・ムダなく電気 を使 おう
節電の考え方にはピークカットやピークシフト、ボトムアップがあり、わたしたちの身の回りには、それらを実践できる多くの電化製品があります。ぜひ、知っている節電のための行動が3つの考え方のうちどれに当てはまるのか、自分が取り組みやすいのはどれなのかをイメージして実行してみてください。そうすると、今まで気づかなかった節電の方法が見つかるかもしれません。
たとえばピークシフト機能は、モバイル機器だけではなく、冷蔵庫やテレビ、扇風機などに搭載されている場合があります。それを知ったら、いろいろなピークシフト機能を使いこなしてみたくなるのではないでしょうか。「HEMS」(ホームエネルギーマネジメントシステム)というしくみや、HEMSで制御できるエアコンや換気扇、テレビなどを取り入れてピークカットを自動化している家庭では、おうちの人に、なぜHEMSを使い始めたのか、どのくらいの効果があるかといったお話を聞くのもおもしろそうです10)。
節電と聞くと、「暑くてもガマン」「暗くてもガマン」と考える人が多いようです。けれども、上手に取り組めば快適さを保ったままの節電も可能です。節電のしくみを理解して、無理なく実践したいですね。
[参考]
10)ECHONETコンソーシアム「HEMSとは?」:https://echonet.jp/about/hems/
記事公開:2022年8月
監修者:大山光晴
1957年東京都生まれ。東京工業大学大学院修士課程修了。高等学校の物理教諭、千葉県教育委員会指導主事、千葉県立長生高等学校校長等を経て、現在、秀明大学学校教師学部教授として「理数探究」や「総合的な学習の時間」の指導方法について講義・演習を担当している。科学実験教室やテレビの実験番組等への出演も多数。千葉市科学館プロジェクト・アドバイザー、日本物理教育学会常務理事、日本科学教育学会及び日本理科教育学会会員、月刊『理科の教育』編集委員等も務める。