冬から春へと季節が移り変わる2月から3月にかけて、気象庁から「〇〇地方に春一番が吹きました」と発表されることがあります。春一番はその言葉からさわやかなイメージがありますが、その内容を詳しく見てみると実は意外なギャップが。この記事では、春一番の発生する仕組みや、その本来の姿などを紹介します。
春一番の正体は低気圧に吹き込む強い南風
春一番とは、立春(2月4日ごろ)から春分(3月20日か21日)までの間に最初に吹く、強い南寄りの風(南を中心に南東から南西の範囲でばらついた方向から吹いてくる風)のことをいいます。この南風は、冬から春にかけて、低気圧が日本列島を通過するときに吹きます。低気圧が温暖前線と寒冷前線を伴っているとき、温暖前線と寒冷前線に囲まれた三角形のような形の部分(次の図の緑色の部分)では南寄りの風が吹いています。これが春一番の正体なのです。春一番は南風なので、吹くとグンと気温があがるのが特徴です。
なお、春一番は、立春から春分までという期間、風向は南寄りという共通の基準はあるのですが、気温や風速は地方によって気象台から発表される基準が微妙に違います。また、北海道、東北、沖縄では低気圧が通過しても必ずしも春らしい天候にはならないことから、春一番の発表はされません。
各地方ごとの春一番の細かい基準は下記のとおりです。実際にはこの基準とともに、気象台の中で総合的に判断して春一番の発表を行います。もし、立春から春分にかけての間に基準を満たす風が吹かない場合は「発表なし」となります。発表されない年もあることから、春一番が吹いた日の平年値は算出されていません。また、春一番のような風が2番目、3番目に吹けば、台風のように「春二番」「春三番」と番号がふられていくわけではありません。あくまで発表されるのは「春一番」のみです。
春一番の地域ごとの基準
九州南部・奄美
風速 | 秒速8m以上 |
---|
気温 | 上昇する |
---|
大気 | 低気圧の影響を受ける |
---|
九州北部(山口県を含む)
風速 | 秒速7m以上 |
---|
気温 | 前日より上昇する |
---|
大気 | なし |
---|
四国
風速 | やや強い風が吹く(最大風速はおおむね秒速10m以上) |
---|
気温 | 最高気温が前日より上昇
|
---|
大気 | 日本海で低気圧が発達 |
---|
中国
風速 | 強い風が吹く
|
---|
気温 | 高くなる |
---|
大気 | 日本海で低気圧が発達 |
---|
近畿
風速 | 秒速8m以上 |
---|
気温 | 最高気温が平年値または前日値より高い |
---|
大気 | 日本海に低気圧 |
---|
東海
風速 | 秒速8m以上 |
---|
気温 | 東海地方の地方気象台(名古屋、岐阜、津、静岡)のうちいずれかで最高気温が平年値より高い |
---|
大気 | なし |
---|
北陸
風速 | 新潟・富山・金沢・福井のいずれかの地方気象台で秒速10m以上かつ、秒速10m以上を記録した地方気象台以外の新潟・富山・金沢・福井のいずれかの地方気象台で秒速6m以上(例:新潟地方気象台では秒速10m以上で、富山地方気象台では秒速6m以上が観測された日) |
---|
気温 | 最高気温が前日より高いかほぼ同じ |
---|
大気 | 日本海に低気圧 |
---|
関東
風速 | 秒速8m以上 |
---|
気温 | 上昇する |
---|
大気 | 日本海に低気圧 |
---|
実は恐ろしい!? 春一番の強さ
さて、このような南寄りの風をなぜ「春一番」というのでしょうか。実は、その言葉が生まれるきっかけとなった不幸な事故がありました。1859年の旧暦2月13日に、長崎県壱岐市の郷ノ浦で出漁した漁師53人全員が強い突風に襲われて遭難し、亡くなったのです。そこから、郷ノ浦の漁師たちは春の強風を「春一番」と呼び、旧暦2月13日には遭難者の供養を行うようになりました。1987年にはこの遭難事故の慰霊碑のある公園に「春一番の塔」が建てられました。
春一番の風速の基準の多くは、秒速8m以上です。この1秒間に8m以上というのは、時速換算すると28.8kmです。つまり、原付バイクで走るくらいの速度ということになります。春一番が吹くような日は、風で洗濯物も飛ばされてしまいますし、砂が巻き上げられれば、砂が目に入って歩くのがつらいものです。強風にあおられて自転車やバイクが転倒したり、物が飛んできたりすることもあります。また雪国では、気温が上昇するため雪崩や雪解けによる洪水も発生することがあります。「春」という穏やかな印象を与える言葉からは想像できないほど、凶暴な現象だということを覚えておきたいものです。
なお、春一番が吹いた後は、そのうち風向きが北寄りに代わり、気温が下がってきます。低気圧は通過に伴って、まず南寄りの風が吹いて気温がぐっと上がり、その後北寄りの風が吹いて気温が下がります。これを繰り返し、「3歩進んで2歩下がる」方式で徐々に気温が上がっていくのがこの季節の特徴なのです。