新しい刑罰「拘禁刑」ってなに? 120年間で初めての刑罰変更 内容と理由を解説
犯罪をした人が受ける刑罰として新しくつくられた「拘禁刑」が、2025年6月にスタートします。犯罪と刑罰について定めた今の法律「刑法」は1907(明治40)年からおよそ120年の歴史がありますが、刑罰の種類が変更されるのは初めてです。拘禁刑は、これまでの「懲役刑」と「禁錮刑」を1つにまとめたもので、突然ゼロから生まれたわけではありません。その一方で、これまでの2つの刑罰とまったく同じでもありません。拘禁刑とはどんなものなのか、その内容や変更された理由を解説します。
「罰」だけじゃない刑罰の目的
まず刑罰について説明します。
犯罪も刑罰もあらかじめ法律で決める
なにが犯罪になり、その犯罪をするとどんな刑罰を受けるかは、あらかじめ法律で決められ、公表されていなければなりません。
例えば、
「人を殺す」(殺人罪)→「死刑または無期もしくは5年以上の懲役」(刑罰)
「人の物を盗み取る」(窃盗罪)→「10年以下の懲役または50万円以下の罰金」(刑罰)
という具合です。
犯罪は基本的に、わざと他人・社会・国の権利や利益を傷つける行為です。刑法では、第77条から第264条まで、およそ200の行為が定められていますが、数えきれないほどある人間の行為のうち、ごく限られた、とても悪い行為が犯罪です。
ただ、犯罪をしたからといって、その場ですぐに刑罰を受けるわけではありません。一般的には、
犯罪→警察が捜査→検察が裁判所に訴える→裁判で検察側と弁護側が考えを戦わせる→有罪判決→刑罰
という手続きが必要です。
これらは、そのときの権力者が自分勝手に犯罪を決めたり刑罰を与えたりできないようにしたうえで、本当にその人が犯罪をしたのかどうかをしっかり確認するためのルールです。なお、個人同士の仕返しのやりあいなどを防ぐため、刑罰を行えるのは国家だけとも決まっています。
犯罪をさせない、繰り返させない
刑罰の種類は、犯罪をした人の命を奪う「生命刑」、自由を奪う「自由刑」、財産を奪う「財産刑」に分けられます。日本では採用されていませんが、むち打ち刑など体に直接的に苦痛を与える「身体刑」も存在します。

刑罰の目的は主に3つあると考えられています。
①犯罪という悪いことをした人に、それに応じた不利益や害悪を仕返しとして与えること。「罰」という言葉からイメージされるものに近いでしょう。
②「犯罪をしたら刑罰を受ける」と公表されていることで、みんなに犯罪をすることを思いとどまらせること。
③犯罪をした人が二度と犯罪を繰り返さないようにすること。刑務所に閉じ込めて社会から切り離すことも方法のひとつですし、刑務所から出たあとに社会生活を送れるように訓練などをさせることも方法のひとつです。
②と③は「罰」というイメージとは違って、これから犯罪が起こらないように予防することで、みんなの生活や権利や利益を守ることにつながります。
拘禁刑は社会復帰を大切にした自由刑

新しくつくられた拘禁刑は、懲役刑と禁錮刑をなくして、ひとつにまとめた自由刑です。
懲役刑:刑務所に閉じ込めて決められた作業をさせる
禁錮刑:刑務所に閉じ込める
この2つは作業の義務があるかないかの違いです。作業の義務がある懲役刑の方が、禁錮刑よりも重い刑罰ですが、この作業は社会復帰のためのもので、きつい思いをさせるためのものではありません。
懲役刑になる犯罪と、禁錮刑になる犯罪は、「はれんち罪」かどうかで決まっていました。はれんち罪とは、自分の利益や欲望のことばかり考えた、人として間違った行動による犯罪です。ほとんどの犯罪は、はれんち罪であり、懲役刑になります。禁錮刑になるのは、犯罪をした理由や原因が、自分のためではないなど理解できる点がある犯罪です。例えば、病気で苦しんでいる人から「殺してほしい」と頼まれて殺したり、その人の自殺を手伝ったりする犯罪などです。
そして
拘禁刑:刑務所に閉じ込める。改善更生のために、必要な作業をさせたり、指導したりできる
拘禁刑は、禁錮刑を軸として、懲役刑にあった作業の義務がなくなり、新たに「指導」が選択肢に加わりました。さらに作業と指導の目的を「改善更生」だとはっきりさせて、「犯罪を繰り返させないこと」を大切にした刑罰になったのです。
拘禁刑という言葉は、今回つくられたわけではなく、これまでも海外の「刑務所に閉じ込める」刑罰を日本語で表現するときの訳語として使われていました。世界の自由刑では「刑務所に閉じ込める」という禁錮刑に近い刑罰が多く、作業の義務がある懲役刑に対しては「強制労働ではないか」という批判的な指摘もありました。
それぞれの受刑者に合わせて細かく対応する
懲役刑は、作業が義務なので、どんな受刑者に対しても作業をさせなければなりません。
作業は
・ものづくりをする生産作業
・炊事・清掃などをする自営作業
・ごみ拾いなどのボランティアを行う社会貢献作業
・資格や免許を取得できる職業訓練
の4種類です。
ただ、この作業が中心となってしまうために、それぞれの受刑者にもっと必要なことがあっても十分に行えません。
また作業の義務がない禁錮刑の受刑者も、その多くが自ら希望して先ほどの作業をしていて、懲役刑と禁錮刑の違いは小さくなっていました。一方で、禁錮刑の場合は、もっと必要なことがあっても、受刑者が希望しないと行えません。
その結果、刑務所を出たあとに犯罪を繰り返させないという目的が果たせているかが課題になっていました。近年、犯罪をして刑罰を受けた人のおよそ半数は、それ以前にも犯罪をして刑罰を受けていた人が犯罪を繰り返してしまった再犯者だからです。
例えば、若くて仕事がないことが原因で犯罪をしてしまった受刑者には、これまでのような職業訓練が効果的でしょう。高齢であれば、認知症を予防したり体力を維持したりすることも必要です。薬物などの依存症であればそこから回復させることが欠かせず、障害を抱えていたら民間の支援機関と連携した対応も大切です。
そこで、作業または指導として、それぞれの受刑者にとってより必要な対応を十分に行えるように制度を整えたのが拘禁刑です。
刑罰なのに、技術を身につけさせたり病気を治したりして「受刑者に利益を与えている」ということに疑問を持つ人もいるかもしれません。しかし、それによって将来の犯罪が繰り返されなくなるのであれば、社会全体にとってはより大きな利益と考えられるのです。
犯罪をしなくても無関係ではない
日本では2009年から裁判員制度が導入されています。18歳以上の人が、くじで選ばれると、殺人事件など重大な犯罪の裁判に、裁く側として参加する制度です。裁判官やほかの裁判員と、有罪か無罪か、有罪だったら刑罰の重さはどうするかを話し合って決めます。だれもが人を裁く立場になるので、刑罰についても「自分は犯罪をしないから」といって無関係ではありません。拘禁刑をきっかけに、もっと身近なテーマとして、犯罪や刑罰、刑法などの内容に触れてみましょう。
取材協力・監修:和田俊憲

東京大学大学院法学政治学研究科教授。著作に「10歳から読める・わかる いちばんやさしい刑法」(2022年、東京書店)など。