広島市で原爆死没者名簿の記帳がはじまりました

広島市で原爆死没者名簿の記帳がはじまりました
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1945年ねん8月がつ6日むいか、午前ごぜん8時じ15分ふんに広島県ひろしまけん広島ひろしま市しに原子げんし爆弾ばくだん(原爆げんばく)が落おとされました。とてもたくさんの人ひとが亡なくなりました。原爆げんばくの被害ひがいにあった人ひとのことを被爆ひばく者しゃといいます。

6月がつ4日よっか(木曜日もくようび)、広島ひろしま市しの原爆げんばくで亡なくなった人ひとの名簿めいぼに、2025年ねん8月がつ6日むいか以降いこうに亡なくなったことが確認かくにんされた被爆ひばく者しゃの名前なまえを書かく「記帳きちょう」が広島ひろしま市役所しやくしょで始はじまりました。

名簿めいぼは2026年ねん8月がつ6日むいかの平和へいわ記念きねん式典しきてんで、平和へいわ記念きねん公園こうえんにある原爆げんばく死没しぼつ者しゃ慰霊いれい碑ひ(原爆げんばくので亡なくなった人ひとを忘わすれないための石いし)に納おさめられます。

被爆ひばく者しゃの大川おおかわ純子じゅんこさん(84歳さい)と、中本なかもと信子のぶこさん(83歳さい)が記帳きちょうをしました。亡なくなった被爆ひばく者しゃの名前なまえと死亡しぼう年月日ねんがっぴ、年齢ねんれいを筆ふでで書かきました。

名簿めいぼは2025年ねんの時点じてんで131冊さつで、34万まん9262人にんの名前なまえが書かかれています。その後ご、3035人にんが亡なくなったことが新あたらしく確認かくにんされました。

死没しぼつ者しゃ名簿めいぼの記帳きちょうは1952年ねんに始はじまりました。記録きろくの残のこる1969年ねん以降いこうは被爆ひばく者しゃが記帳きちょうしてきました。しかし、被爆ひばく者しゃが高齢こうれいになってきたため、記帳きちょうする人ひとを募集ぼしゅうしました。10代だいから70代だいの14人にんが選えらばれました。選えらばれた14人にんは、大川おおかわさんと中本なかもとさんが記帳きちょうするのを見学けんがくしました。選えらばれた14人にんは、記帳きちょう作業さぎょうに6月がつ7日なのか(日曜日にちようび)から加くわわります。

朝日新聞あさひしんぶんの記事きじをやさしい日本語にほんごに言いい換かえた記事きじです。

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