被爆して亡くなった南方特別留学生の墓に、マレーシア次期大使が訪れました

被爆して亡くなった南方特別留学生の墓に、マレーシア次期大使が訪れました
朝日新聞社あさひしんぶんしゃが提供ていきょうした画像がぞうを使つかっています。

アメリカによる原子げんし爆弾ばくだん(原爆げんばく)投下とうかから今年ことしで81年ねんです。8月がつ5日いつか(水曜日すいようび)、広島県ひろしまけんでは原爆げんばくの犠牲ぎせい者しゃに祈いのり、平和へいわを願ねがう人ひとたちの動うごきが始はじまりました。

ニック・ユソフさんは、広島県ひろしまけんで被爆ひばくして亡なくなりました。ニックさんはマライ(今いまのマレーシア)出身しゅっしんです。南方特別留学生なんぽうとくべつりゅうがくせい(戦争せんそう中ちゅうに東南とうなんアジアから日本にっぽんに来きた留学生りゅうがくせい)として日本にっぽんに来きていました。ニックさんのお墓はかは、広島ひろしま市し佐伯さえき区くの光禅寺こうぜんじにあります。マレーシア大使館たいしかんのアハマド・ロジアン次期じき大使たいしが訪おとずれました。

「南方特別留学生なんぽうとくべつりゅうがくせいを語かたり伝つたえる会かい」のヌルハイザル・アザムさんなどの協力きょうりょくで実現じつげんしました。

ロジアン次期じき大使たいしは、寺てらにあるユソフさんや南方特別留学生なんぽうとくべつりゅうがくせいを伝つたえるパネルを見学けんがくしたあと、ユソフさんの遺骨いこつが眠ねむるお墓はかの前まえでお祈いのりしました。

ロジアン次期じき大使たいしは「実際じっさいにお墓はかを訪おとずれて胸むねを打うたれた。ユソフさんの記憶きおくを守まもるために、お墓はかを設もうけてくれたお寺てらに感謝かんしゃします」と話はなしました。

朝日新聞あさひしんぶんの記事きじをやさしい日本語にほんごに言いい換かえた記事きじです。

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