iPS細胞製品使った治療で患者が退院 再生医療が実用化の段階に
人間の細胞からつくられた「ヒトiPS細胞」 京都大学教授の山中伸弥さん提供
世界初、iPS製品で治療 大阪の病院
世界で初めてiPS製品を使った治療を受けた患者が、10月22日に退院しました。使われたのは、さまざまな細胞になれる「iPS細胞」からつくった心臓の筋肉(心筋)のシートです。iPS細胞ができてから20年。病気やけがでなくした体の部分やはたらきを治す「再生医療」が実用化の段階に入りました。
重い心臓病の患者に心筋シートを移植/「できるだけ早く普及を」
移植されたのは、重い心不全を治療するための再生医療製品「リハート」。人間の血液からつくられたiPS細胞を心筋の細胞に変化させ、それをシート状にしたもので、心筋シートとよばれます。大阪大学発のベンチャー企業・クオリプスが開発しました。
心不全は、血液を全身に送り出す心臓のポンプのはたらきが弱った状態。息切れなどの症状があります。その原因にはさまざまな病気があります。心筋に十分な血液や酸素が届かなくなる「虚血性心筋症」は主な原因の一つです。
リハートは、この虚血性心筋症の重い症状の患者を対象にしています。心臓にシートをはることで血管を再生する物質などが分泌され、運動能力や心臓のはたらきがよくなることが期待されます。


今回、大阪市の大阪けいさつ病院で50代の女性が移植を受けました。9月29日の手術から約3週間がたち、経過は良好。これから効果を確かめていくといいます。手術を手がけたのは、大阪大学の名誉教授で大阪けいさつ病院の総長、澤芳樹さん。中心となってシートの開発をした人です。手術後の取材で「この治療ができるだけ早く普及し、同じ病気で苦しむ人が一人でも助かってほしい」と話していました。
さまざまな細胞や組織に変化
■iPS細胞って?
体のさまざまな細胞や組織に変化できて、ほぼ無限に増やせる細胞。「人工多能性幹細胞」ともいわれます。

2006年に京都大学教授の山中伸弥さんのグループがマウスの皮膚の細胞からiPS細胞をつくることに世界で初めて成功しました。07年に人間の皮膚の細胞からつくることにも成功。この功績で、12年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

iPS細胞からつくられた心筋シートは、25年に開かれた大阪・関西万博で展示されました。培養液の中でぴくぴくと動くようすが話題となりました。
■iPS細胞をめぐる主なできごと
2006年 京都大学教授の山中伸弥さんがマウスから作製と発表
07年 山中さんたちが人間から作製と発表
10年 京都大学iPS細胞研究所設立
12年 山中さんがノーベル生理学・医学賞受賞
13年 国が再生医療を成長戦略に位置づけ、10年で約1100億円の支援を開始
14年 理化学研究所が目の難病患者に世界初の移植手術
18年 京都大学がパーキンソン病患者に移植する治験を開始
20年 大阪大学が心臓病患者に移植する治験を開始
26年 心臓病とパーキンソン病の再生医療製品が世界初の承認
パーキンソン病治療のiPS製品も使用へ
リハートは今年3月、再生医療製品をいち早く患者に届けるため、条件・期限つきで国内での製造と販売が国に認められました。9月から公的医療保険の対象となっています。

再生医療製品は人間の細胞を使ってつくられるため、ほかの医薬品よりも効果を確かめるのに時間がかかります。つくるのにお金もかかるため、実際に人に使ってもらう試験(治験)を大きな規模ですることも困難です。
そこで、少ない人数の治験結果をもとに安全性や効果を判断し、早く実用化するために、条件・期限つきの承認制度がつくられました。
リハートはいま「早期承認」された状態です。7年の期限のうちに効果や安全性を調べ、あらためて「本承認」をもらう必要があります。今後、複数の施設で計75人に移植する計画です。
iPS細胞を使った再生医療製品はほかにもあります。

リハートと同時に、条件・期限つきで国内での製造と販売が認められたのは、住友ファーマが販売するパーキンソン病治療薬の「アムシェプリ」です。今年5月に公的医療保険の対象になりました。
パーキンソン病は、脳内で命令を伝える物質の一つ「ドパミン」が不足し、手足のふるえなどが出る病気です。アムシェプリは、治験では細胞を移植した2年後、薬の効きが悪くなってきた患者6人のうち、4人の症状が改善しました。10月にも治療のために患者に使われる予定です。
ほかの治験も進む/値段の高さ課題
心不全の治療では、慶応大学発のベンチャー企業・ハートシードが、iPS細胞からつくった心筋細胞のかたまりを移植する治療を開発中。京都大学発のベンチャー企業・アイハート・ジャパンも、iPS細胞からつくった心臓組織シートを重い心不全の患者に移植する治験を進めています。

大阪大学発のベンチャー企業・レイメイは、眼球にある組織「角膜」の病気を対象とした治験を進めています。
慶応大学発のベンチャー企業・ケイファーマでは、せきずいをいためて2~4週間の患者を対象にした治験を準備しています。
また、iPS細胞は新しい薬の開発にも広く使われています。
再生医療製品は、値段が高いことが課題です。安定した品質でたくさんつくることがむずかしく、運んだり管理したりするにも多くの人や時間が必要になります。
公的医療保険の対象となった二つのiPS細胞の値段はリハートが5320万円、アムシェプリが5530万円。患者が支はらうお金は、高額療養費制度を使えば多くても数十万円ほどになりますが、その値段に納得できる効果が得られるかが問われます。
授業や教科書では
「小腸」や「肺」とともに習う
心臓は、6年の「理科」で学びます。食べ物を消化吸収する「小腸」、空気中の酸素を取り入れて二酸化炭素を出す「肺」などとともに、「動物の体」の単元で習います。

心臓は左右の肺の間にあります。にぎりこぶしくらいの大きさで、筋肉でできています。一定のリズムで縮んだりゆるんだりすることで、ポンプのように血液を全身に送り出します。
血液は体のすみずみまで酸素や養分を届けるいっぽう、二酸化炭素や体内でできた不要なものを受け取って心臓にもどります。さらに肺へ送られて二酸化炭素を出し、酸素を受け取ります。
心臓のしくみは、中学の理科でくわしく学びます。
家族と話そう 人間の体のしくみについて、気になることを調べてみよう
(朝日小学生新聞2026年10月23日付)
