京都・嵯峨で藤原定家と藤原為家の法要がありました

京都・嵯峨で藤原定家と藤原為家の法要がありました
朝日新聞社あさひしんぶんしゃが提供ていきょうした画像がぞうを使つかっています。

約やく800年ねん続つづく歌道かどうの冷泉家れいぜいけ。その先祖せんぞである歌人かじん・藤原定家ふじわらのさだいえと、藤原定家ふじわらのさだいえの子こどもの藤原為家ふじわらのためいえの法要ほうよう(亡なくなった人ひとを祈いのる儀式ぎしき)が、京都府きょうとふ京都きょうと市し・嵯峨さがの二尊院にそんいんでありました。

藤原定家ふじわらのさだいえは平安へいあん時代じだいから鎌倉かまくら時代じだいのはじめにかけて活躍かつやくしました。藤原定家ふじわらのさだいえや百人一首ひゃくにんいっしゅと関係かんけいの深ふかい嵯峨さがで続つづいている「和歌わかの家いえ」ならではの光景こうけいもみられる儀式ぎしき(イベント)です。

関係かんけい者しゃは亡なくなった人ひとたちに祈いのりをささげ、伝統でんとうを守まもり継つぐ気持きもちを新あらたにしました。

法要ほうようの名前なまえは「小倉山おぐらやま会かい」といいます。

百人一首ひゃくにんいっしゅで藤原忠平ふじわらのただひらが「小倉山おぐらやま 峰みねのもみぢ葉は 心こころあらば 今いまひとたびの みゆき待またなむ」と詠よみました。

小倉山おぐらやまの峰みねの紅葉こうようよ、もし心こころがあるのなら、散ちらずにいて、もう一度いちどあるであろう天皇てんのうのお出でましを待まっていてほしい、という意味いみです。

二尊院にそんいんは百人一首ひゃくにんいっしゅに詠よまれた小倉山おぐらやまのふもとにあります。紅葉こうようの名所めいしょで知しられる天台宗てんだいしゅうの寺院じいんです。新緑しんりょくの頃ころの青色あおいろの「もみじ」も美うつくしいです。

朝日新聞あさひしんぶんの記事きじをやさしい日本語にほんごに言いい換かえた記事きじです。

おすすめ記事

PAGETOP