「小1の壁」どう乗り越える?スタートダッシュより大切なことは【親野先生×保護者座談会】
小学校入学に伴い、子どもの成長を喜ばしく思う一方で、ライフスタイルの変化による子どもへのサポートに、仕事と家庭の両立の壁……保護者の不安と心配はつきません。
そこでお招きしたのは、教育評論家の親野智可等先生。学研キッズネットに所属する探Qキッズの保護者といっしょに、「小1の壁」についてどう向き合えばよいのか、お話してもらいました。
座談会メンバー
親野智可等先生
小学校で23年間教師を務め、教育評論家へ。子育て、親子関係、勉強法などのアドバイスが保護者の共感を集める。執筆活動や講演会、メディア出演などさまざまな分野で活躍中。
入学して感じる子どもの差……保護者が感じる心配事は山積み
渡邊さん:小学校入学で最初に感じたのは、今まで通っていた保育園生活との違いです。うちの子は遊びが好きだったので、文字を読んだり書いたりといった勉強面をはじめ、小学校の生活サイクルに慣れさせることが大変でした。
幼稚園卒のお子さんはきちんと席に座っているのが印象的で……環境の違いによって差が出るのかな、と感じました。
吉岡さん:すごくわかります。うちも遊びメインの幼稚園に通っていたので、卒園した途端に団体行動が必要とされて、親子でその違いに戸惑いました。
入学後、とくにびっくりしたのは、決まった時間割がないということ。翌日の授業の内容を毎日連絡帳に書かなくてはいけないので、名前のほかに「こくご」「さんすう」を書けるようにサポートした記憶があります。
そうしないと、明日の準備ができないと思って。
親野先生:幼稚園・保育園と小学校では、雰囲気がガラッと変わるからびっくりしますよね。事前に情報がないと親御さんは焦ってしまうかもしれないね。
吉岡さん:じつは我が家は、引っ越しをしてすぐに入学式を迎えたので、ママ友もいないし、情報収集の手段すらなく大変でした。
渡邊さん:覚悟はしていましたけれど、プリントの多さにも驚きました。1枚の情報量が多くて、その中から重要項目を見つけるのも大変で……。見落とすことも多かったです。
吉岡さん:「ここに大きく名前を書いてきてください」っていう一番重要な内容が、目立たない場所にサラッと入っていたりするんですよね。
今年からプリントは完全にPDF化されたのですが、子どもとの情報共有をどうするかという問題に直面しました。
我が家では、印刷して子どもが見えるところに貼ったり、「エコー&アレクサ」を使用してスケジュールが把握できるようにしたり試行錯誤しています。
渡邊さん:プリントの電子化は、親としては便利な一方で、子どもと情報共有できない不便さを感じますよね。行事や習い事などの重要なスケジュールは、私が紙に書いて可視化しています。
親野先生:スケジュール管理や情報共有は、ホワイトボードで管理するのもひとつ。すぐ消して書き直せるのでものすごく便利な方法です。ちなみに給食のカレンダーはどういう形式?
吉岡さん:うちの子の学校は、プリントで配られています。
給食にPTA活動も。子どもや親の課題は多様化している!
渡邊さん:給食といえば、子どもが牛乳が苦手で入学当初は苦労しました。今は学校の牛乳だけは飲めるようになったのですが、1年生の頃は泣きながら飲んでいるお子さんもいて。
吉岡さん:うちの子は少食で食べるのが遅くて、時間内に食べきれないことも多くて心配でしたね。
親野先生:給食って、食べることが好きな子にとっては楽しい時間なんだけれど、食に対する悩みがある子にとっては、個人的でセンシティブな問題。好き嫌いもそうなんだけれど、無理強いしてほしくないな、と思います。
ちなみに給食の時間は、準備に20分、食べるのに20分、片付けに20分が基本だから、食べるのに時間がかかる子にとっては、せわしないですよね。
私も1年生を受け持ったことがあるけれど、慣れないうちは準備に時間がかかってしまうことも当然ある。慌てて食べると窒息の原因にもなってしまうから、食事時間に30分は欲しいところ。
吉岡さん:給食時間の配分は知らなかったので、とても参考になります。子どもたちはもちろんですが、わたしたち親自身が感じる課題も多様化しているのかもしれませんね。
渡邊さん:「親の壁」あるあるだと、PTAの役員問題。
子どもが1年生のときに覚悟を決めて学童の役員になったのですが、それとは別に、学校のPTAの役員も6年間のうちに必ずやらなくてはいけないルールがあって。
吉岡さん:子どもが2人だと、2回やらないといけなかったりするんですよね。クラス役員以外にも、地域の子ども会だったり……いろいろな種類があることに驚きました。
仕事をしていると、なかなか時間の都合がつかないこともありますし、立候補者が少ないという課題もあるな、と。
小学校先取りの“準備”より子どもの“遊び”が大切
親野先生:2人の話を聞いていると、はじめて直面する学校外の活動もあるし、子どもに対する心配も尽きないから、大変さを感じて余裕がなくなったり、焦ったりしてしまうのは当然のこと。
皆さん一生懸命子どものことを考えているからこそだと思いますが、小学校入学に限らず、どんな場面でも「壁」はあるので、そんなに戦々恐々としすぎない方がいいんじゃないのかな、というのが私の考えです。
まずは入学前に感じる「他の子どもたちとの差」について。先生側の立場から言うと、幼稚園も保育園も教育重視のところと、遊びメインのところがあるし、お子さんから園の違いを感じることはありません。
渡邊さん:そう言っていただけると、保護者としては安心感があります。うちの子は早生まれだったので、その差も入学当初は感じていて。
親野先生:私も早生まれだから心配することはないですよ(笑)。
今は、子どもに時間の区切りを身につけさせたり、椅子に長時間座っていられるようにしたりと、準備万端で入学に臨みたい親御さんが多いように感じています。
だけど、幼稚園や保育園の時期は、たっぷり遊ぶべき。たとえば、子どもが大きな砂山を作ってトンネルを掘りたいと思った場面を想定して考えてみましょう。
まず、子どもは自分の興味に沿って目的を設定しますから、自分がやりたいことを見つけて実行する「自己実現力」が育ちます。
その際、「足場が崩れるから水をかけて固めよう」「水をかけすぎたからジョウロの方がいいかな」と工夫していくところでは、「試行錯誤する力」が身につきますよね。
そこからさらに発展していくと、「今度は1人では大変だからおともだちを誘ってみよう」と、協力してやり遂げようとする「コミュニケーション能力」も備わります。
こうした生きる力につながる「非認知能力」って、遊びの中から生まれるんです。
スタートダッシュは気にしなくていい。子どもの適応力を信じよう
親野先生:それに、自分で目標を設定して「やり遂げる力」は、小学校生活に対する意欲にもつながる。幼児期に思いっきり遊んだ子は後伸びするんですよ。
ところが、小学校生活をうまくスタートして欲しいという意識が強いと、どうしても先取って予習をする意味で、予備校のような幼稚園や幼児教室に入れたいと思ってしまう。
当然そこに通っていた子どもは、入学時のスタートダッシュはいいのですが、長期的に見ると後々伸び悩むということが実際にあります。
お茶の水女子大学名誉教授内田伸子先生の研究によると、幼児期に自分がやりたい遊びをたっぷりしていた子どものほうが、大学入試でもよい結果が出ることがわかっています。
遊びを通して「好き」を見つけるのが得意な子は、スタートダッシュが遅くても、がんばり方を知っている。学年が上がるにつれどんどん伸びていくんです。
みんなが同じ時に同じ場所で同じことをやるのではなく、これからは、自分の個性を生かし、自分がやりたいことを見つけてそれに進んでいく時代。
だからこそスタートダッシュを気にするよりも、幼い頃の遊びを大切にする視点を忘れないでほしいですね。
渡邊さん:未就学時期は遊びが大事だと思いつつも、入学が近づくにつれて焦ってしまって。振り返ると、学びのことばかりに意識が向いていたような気がします。
吉岡さん:親としては、勉強を先取りした方が子どものためになると、思いがちなのかもしれません。
お話を聞いて、小学校教師の経験を持つ幼稚園の先生に、「大抵の子はひらがなが書けるので書けないと苦労するかもしれないけれど、一からきちんと教えてくれるから大丈夫!」と言われたことを思い出しました。
親野先生:もちろん事前準備はしたほうがいいと思います。ただし、大事なのは「勉強」という形ではなく楽しい「遊び」として知的に鍛えていくことです。
たとえば、算数でしたらお風呂の中でいっしょに指を数える遊びをして、10本の指のうち7本見せて「何本かくれてる?」「3本!」と答えてもらうゲームにしたり。百玉そろばんで遊ぶのもいいですね。
国語だと、ひらがなの積み木やカルタで読み方を覚えたり、平面や立体のパズルで遊んだりもできます。
遊びと勉強の区別って、大人の視点であって、子どもたちにはない。だからこそ、楽しい遊びとして学んでいくということが大事なんです。
渡邊さん:うちの子はミラー文字を書いていたので、余計にしっかり教えなきゃと焦ってしまったところがあったかも……。
親野先生:読み書きでよくある話だと、入学説明会で知り合ったお母さんとの情報交換の場で、ひらがなが書ける子が多いと知って、慌てて帰りに書店に寄ってドリルを買う。
今日からお勉強を始めましょうねって。
渡邊さん:思い当たることだらけです(笑)。
親野先生:小学校に入学した子どもたちは、しっかりスイッチが入って切り替わるもの。
起こりうる問題をあらかじめ知っておくのは大事ですが、過度に心配しすぎると子どもも不安になってしまいます。子どもの適応力を信じることも大切にしてくださいね。
取材・文/末永陽子 編集/石橋沙織 撮影/我妻慶一