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円安が進む 今って円安でいいの?

円安が進む 今って円安でいいの?

日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんがヒントを教えます。
※写真は、日経平均株価、対ドル円相場、新発10年物国債の利回りを表示する画面=2025年11月18日午後3時49分、東京都中央区、江口英佑撮影

物価高も円安の影響

為替市場で円安が進んでいます。10月にはドルに対して月間で7円以上も下落し、11月も1ドル150円台半ばの円安基調で推移しています。

みずからサナエノミクスと名づけた経済政策を掲げる高市早苗首相が誕生し、市場はアベノミクスのような金融緩和状態が続いて円の価値が落ちるとみて、円が売られる傾向が強まっているのです。
ただ、円安は高市政権が改善しようとしているいくつかの問題を悪化させることになります。

高市政権が改善しようとしている問題のひとつは、「物価高」です。高市政権は物価高対策として、ガソリンや軽油の暫定税率の廃止、おコメ券の配布、賃上げの促進などを打ち出しています。ただ、そうした施策は物価を下げる政策ではなく、物価高を前提としたうえで国民生活を支えようとする政策です。

物価高になっている最大の原因は、円安による輸入物価の上昇です。円安にストップをかけて円高に導けば、コストをかけずに物価上昇を防ぐことができるはずですが、そのおおもとを改善する政策はありません。

改善しようとするふたつめの問題は、「外国人問題」です。外国人が日本の土地やマンションを買っていることが地価やマンション価格の高騰につながっているとして、問題になっています。また、外国人観光客が増えすぎて日本人の生活がおびやかされるオーバーツーリズムの問題も指摘されています。こうした問題に対して、高市政権は外国人に対するルールを整備したりルールを守るよう指導したりすることなどで解決しようという姿勢を示しています。

この問題の根本原因も円安にあります。外国人から見ると、日本の土地やマンションの価格は安いと感じるので買われるのです。また、外国人観光客がこれほどまでに増えたのも、日本への旅行が安いことが大きな理由です。円高になれば、こうした行き過ぎた外国人問題は自然と解決に向かうことが予想されます。

円安の三つめの問題は、世界の中での日本の地位が下がり、「衰退する日本」という印象を外国人にも日本人にも植え付けていることです。高市政権は「強くて豊かな日本」を目指していますが、世界の中での地位が下がることはそれに反する印象になります。

円相場が映し出す日本の経済状況

国の経済力を示す指標は国内総生産(GDP)ですが、日本は1968年から2010年までアメリカに次いで世界2位でした。10年に中国に抜かれ3位に落ち、23年にはドイツに抜かれ4位に落ちました。そして26年にはインドに抜かれ5位に落ちることが確実視されています。

国民一人当たりのGDPだと順位の落ち方がもっとはっきりします。日本は00年には世界2位だったのですが、24年には38位にまで落ちています。

こうした順位の下落には円安がかかわっています。世界各国のGDPを比較するためには、同じ通貨に換算する必要があり、世界の基軸通貨であるドルに換算して計算しています。円安が進めばドルでの日本のGDPの金額は小さくなります。実際、円がもう少し高ければドイツには抜かれていませんし、インドに抜かれるのももう少し先になるはずです。

円がこれまでで最も高かったのは、11年10月の75円台です。ドルに対して円は今の倍以上の価値があったのです。外国人からすると、今は100ドルで15000円以上の買い物ができますが、当時は7500円の買い物しかできなかったのです。一方、日本人からすると、1ドルのものが75円で買えたのですから、輸入品は今の半額だったことになります。ただ、生産性の向上がないのに物価が下がると会社の売上高は減り、賃金は上がらず、経済全体が小さくなります。その悪循環から物価が継続的に下がるデフレという元気のない経済状況になっていました。

 

アベノミクスを継承する高市首相の政策と日本銀行

12年末に発足した第2次安倍晋三政権はデフレ脱却を図りました。「異次元の金融緩和」を柱とするアベノミクスという経済政策を打ち出しました。金利を下げ、市場に出回るお金の量を増やし、2%程度のインフレを目指しました。お金は金利の低い国から高い国に流れますので、金利の低い日本から金利の高いアメリカなどの外国に流れ、円安が始まりました。13年には1ドル100円を超え、21年までおおむね110~120円で推移しました。22年からはさらに円安が進み、150円台の現在に至っています。

アベノミクスによる金融緩和はデフレ脱却に効果がありましたが、円安となり、物価高、外国人問題、日本衰退の印象などにつながってもいます。となれば、アベノミクスと逆の金利を上げる金融引き締め政策をとって円高に誘導すればいいと考えられますが、そういう声は政権からはほとんど聞こえてきません。

理由のひとつは、高市首相は積極財政などアベノミクスを継承する立場を表明して首相になったためです。積極財政は国の借金が増えることを気にしすぎずにお金を使おうという姿勢です。ただ、国には膨大な借金がすでにあり、金利が上がるとその利息の支払いが増えます。それは困るのです。

また、円安が輸出企業の業績をよくして景気をよくするというイメージがあることも関係しています。アベノミクスではそうした連想から円安と株高が連動して進み、景気が良くなったように感じることができました。証券業界が高市政権発足後の株高を「高市トレード」とはやしたてたのは、アベノミクスの再来を投資家に期待させることになりました。高市政権はその期待に応えようとして、逆の政策はとりにくくなっているのです。

ただ、金利水準のもとになる政策金利を決めるのは日本銀行です。日本銀行は「物価の番人」といわれ、一応政府から独立した機関とされています。円安の進行による物価高をいつまでも容認しておくことはできないはずで、12月の金融政策決定会合で金利を上げる決定をする可能性があります。政権と日銀との軋轢が生まれることも考えられ、どんな決定になるかが大いに注目されます。

円安について学びを深めよう

ニュースでよく聞く「円安」「円高」ってなに? わたしたちの生活に影響があるの?

一色清(いっしき・きよし)さん

一色清(いっしき・きよし)さん

一色清(いっしき・きよし)さん

朝日新聞社に勤めていた時には、経済部記者、アエラ編集長、テレビ朝日 「報道ステーション」コメンテーターなどの立場でニュースと向き合ってきた。アイスホッケーと高校野球と囲碁と料理が好き。

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