子どもの好き嫌い「克服しなきゃ」の落とし穴。食育のプロに聞く理由と対処法
子どもが食事を残したり、食べてくれなかったりすると、心配になってしまう親は少なくありません。「何とか食べさせなきゃ」という思いから、食事の時間が親子ともにつらくなってしまう家庭もあるのではないでしょうか。
そんな悩みに対して、「‟好き嫌い”が起こるのは、成長過程において自然なこと」と語るのは、乳幼児教育の専門家であり、食育に関しても詳しい非営利団体コドモノミカタ代表理事・井桁容子さん。
子どもの好き嫌いが起こるメカニズムや、親子で楽しく食事するための工夫を教えてもらいました。
子どもの舌は大人より敏感!だから‟食べない”が起こる
「ママやパパの子どもの頃のことを思い出してみてください。きっと、ひとつくらいは食べられないものや、苦手なものがあったのではないでしょうか。
でも成長とともに、食べられるようになったり、美味しさに気づいたり……。じつは、苦手なものが食べられるようになるという過程には、私たちの舌にある『味蕾(みらい)』という味覚センサーが大きく関わっているのです」(井桁さん)
「味蕾」とは、甘味・苦味・塩味・酸味などを感じる味細胞のこと。子どもは味蕾の数が多いため、大人よりも味に敏感なのだそうです。
「子どもたちが嫌いな食べ物の代表として、野菜がありますが、土の成分を吸って成長するため、苦味やえぐみがあります。
人間は、生きていくために、苦いものは体に害を及ぼす毒物、酸っぱいものは『腐っている』と判断し、本能として反射的に吐き出します。
個人差もありますが、もともと大人よりも味を敏感に感じる子どもたちは『苦味=毒物』と判断すると、本能的に受け入れることができません。だから‟食べない”ということが起こるわけです。離乳食時期に、野菜を下茹でして灰汁をとるという工程をすすめているのは、しっかりとした理由があるんですね。
そして、いろいろな食材を食べる経験を通して、成長とともに味に対する許容範囲が広がり、少しずつ食べられるものが増えていきます。だから、無理に食べさせようとする必要はまったくありません」(井桁さん)
人間ならではの‟好き嫌い”のメカニズム
さらに、子どもの好き嫌いの原因は味以外にもある、と井桁さん。
「私たち人間は、『心』で食べています。誰と何を、どんな雰囲気で食べるかという条件で、味の感じ方が変わってしまう。食べることと、心で感じることが、深くつながっているのです。
たとえば、緊張すると水さえも喉を通らなかったり、大好きな人と一緒だったらよりおいしく感じられたり。
ほかにも、大好きだった食べ物が突然食べられなくなるということも……。体調の悪い時に食べて吐いてしまった経験があると、それ以降、なんとなく苦手になってしまうことも珍しくありません。
『好き嫌いはダメ』だと無理やり食べさせられる経験は、脳科学的にも『頭を殴られたのと同じくらいの衝撃が脳に与えられる』と言われています。
想像してみてください。毎回そのようなつらい経験が続くと、子どもたちは食に対して楽しいどころか、ネガティブな気持ちしか持てません。どんどん『自分に自信が持てない』という状況にもなってしまいます。
将来大人になったとき、自分の意見が言えなかったり、生きることに前向きになれなかったりする傾向もあります」(井桁さん)
心を大切にしながら、苦手なものにチャレンジするコツ
そうはいっても、好き嫌いが多すぎるのも困りもの……そこで、子どもの心を大切にしながら、苦手な食べ物に挑戦できるコツを教えてもらいました。
「まずは、大人の姿勢が大切ではないでしょうか。いつか食べてみたいと思うように『このおいしさは、大人にならないとわからないかもね~』『これは大人の味だから、まだちょっと難しいかな』などと親がおいしそうに食べていると、つられて子どもも食べたくなるもの。
ほかにも、食事の演出を工夫するのもひとつの方法です。たとえば、子どもが苦手なものを、普段とは違った器に盛り付けてみる。
我が家では、子どもたちが小さい頃、私がすごく大切にしていたガラス製の食器にサラダを盛り付けたら、姿勢を正して食べていました。心で食べる心理を利用したアイデアはほかにもたくさんあります。
フランス料理のフルコースのように、大きな器に少しだけちょこんと盛り付けるのもいいですね。普段使っているダイニングテーブルに、大きめの布をかけるだけで、お家がレストランに早変わりです。
場所を変えて、『おうちでピクニックをしよう!』とお弁当に食事をつめるだけでも、子どもたちはとってもよろこんでくれると思いますよ」(井桁さん)
「家族で囲む食卓」で子どもの心を抱きしめよう
食事の時間は、食べるという点以外にも、家族の絆を強めるコミュニケーションとしても大切な役割があると井桁さん。
仕事に家事に育児にと忙しい日々でも、できるだけ親子一緒に食事をする機会を作ってほしいと語ります。
「共働き家庭が増え、子どもの‟孤食”が増えつつありますが、食事の時間は、コミュニケーションの中でも、子どもの心や体の状態、些細な変化に気づくことができる大切な機会です。
たとえ、一緒に食事ができない場合でも、子どもが食事をするときは同じテーブルで顔を突き合わせて、共に過ごす時間を捻出してほしいですね。
いずれ思春期が訪れたとき、思うように会話が進まなくなったとしても、一緒に食事を囲むことで子どもの心を抱きしめることができます。
できたら食事の時間はお小言は封印して、大人も子どもも楽しいひとときを過ごせるといいですね」(井桁さん)
取材・文/水谷映美 編集/石橋沙織