「汚さないで」が学びと成長の機会を奪う? 清潔礼賛が子どもを臆病にする理由【コソダテのヒント】
元保育園園長で、現在子育てや教育関連の講演会を配信している「花まる子育てカレッジ」ディレクター井坂敦子さんによる連載です。音声配信Voicy『コソダテ・ラジオ』の「子育てが楽しくなる小さなヒント」を読みやすく記事化しております。ぜひお楽しみください。
「汚さないで」で、土を触るのが苦手に……
「汚さないで!」という言葉を、子どもによくかけていませんか?
食事や遊びの場面で、子どもに「汚さないように気をつけてね」と言うこと、多々ありますよね。
食事中なら、食べ物が洋服についたり、お皿からこぼれてテーブルが汚れたり。お絵描きなら、クレヨンや絵具が紙をはみ出して、テーブルや床にまで描いてしまったり……。そうした日々のいろいろな場面で、私たち大人は、つい子どもに「汚さないでね」と声をかけてしまいます。
ですが、この「汚さないで」という言葉には、気をつけたいことがあるのです。それは、「汚いものを触ってはいけない」というメッセージになり、ひいては「触れない」ことにつながっていくからです。
たとえば、保育園・幼稚園のお絵描きの時間。筆がまだうまく握れない年齢ですと、手や指を使って描くことがあります。そのときに、絵の具を手につけることが「無理」「手が汚れちゃうから嫌だ」というお子さんがいます。
あるいは工作などで、スティックのりではなく、つぼに入ったのりや、チューブ型ののりを使う場面。指でのりをのばして使いますが、のりを指につけることに抵抗があるお子さん。
公園や園庭で遊ぶときに、土や砂を触るのを嫌がったり、泥んこを触れない、手が汚れることが極端に苦手なお子さんが少なからずいるのです。
元々そうしたものを触るのが苦手なお子さんもいますが、「その汚れ、すぐ洗おうね」「汚いものは触らないよ」などの親御さんの普段の声かけによって、「触っちゃいけないんだ」と認識され、苦手になってしまったお子さんも多いような印象を受けました。
小学校受験でも、「汚さない」ことがネックに?
以前、小学校受験の指導をしていたときのこと。人気の高い超難関校の試験に、こんな課題が出たことがあります。
白い絵の具が溶いてあるどろどろしたところに両手を入れて、その手で画用紙に手形を取り、そのあと、その絵の具がついた手を洗う、というものでした。
「倍率が10倍ほどの超難関校の試験がそんな簡単なものなの?」と思ってしまいますが、じつはなかなか考えられた問題で、これだけでいろいろなことが見えてくるのです。
先ほどのような、絵の具が手につくのに抵抗があるお子さんですと、そこでもう固まってしまいますから、手形が取れません。
無事に手形が取れた場合でも、手洗い場で手を洗う段になって、自分で水を出さないといけない。最近は自動で水が出たり、レバーのようなものが多いので、昔ながらのひねるタイプの蛇口だと、水の出し方がわからない。
水を出せても、今度は「手の洗い方が上手にできているか」や、蛇口を閉めたあとに、「蛇口に絵の具がついていないか」、濡れた手を拭く「ハンカチを持っているかどうか」、「ハンカチで上手に拭けているか」など、いろいろなことが見て取れます。
先生方は、その一連の動きから、その子のこれまでの生活の仕方を感じ取り、評価しているのだと思います。
子どもに、「いろいろな素材」に触れる経験を
別の国立小学校では、泥団子をつくる試験が出たこともありました。これも、土に触るのが苦手だったり、泥団子を作ったことがなければ、できませんよね。
それから、虫を触るような試験が出たこともあります。
そういった試験があるということは、そこに、重要な「子どもの育ちの中で大事なこと」が含まれているのだと思います。
コロナで除菌の意識が高まったこともあり、きれいな空間で衛生的に過ごしてほしいという親御さんの願いもわかりますが、子どもがのびのびといろいろな素材に触れて楽しむ経験も、大事にしてほしいなと思います。
「汚さないで」という言葉や指導の際には、こうした「子どもの育ち」への観点も、少し入れてみていただけたらうれしいです。
話し手/井坂敦子 構成/清野 直
井坂 敦子(いさか あつこ)さん
中学校高等学校教諭一種免許状(国語) /保育士/食育カウンセラー/表千家師範
慶應義塾大学卒業→ 雑誌『オレンジページ』編集部 →公式サイト『オレンジページnet』編集長 →小学校受験対応型保育園園長 →「花まる子育てカレッジ」にて年間約100本の子育てや教育に関する講演会や対談を企画運営。Instagramやブログ「わが家の小学校受験顛記」も好評。英国留学中の高校生とボーダーコリー3頭の母