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自維が原子力潜水艦保有で合意 原子力潜水艦って何なの?

自維が原子力潜水艦保有で合意 原子力潜水艦って何なの?

日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんがヒントを教えます。
※写真は、かつて日本が持っていた原子力船「むつ」。1974年に起きた放射線漏れ事故が日本の政治・社会を揺るがす問題になった。撮影されたのは、最後の洋上試験を終え、母港の関根浜港に入るときのもの。92年2月に解役となり、原子力船としての使命を終えた=1991年12月12日午前10時15分、青森県むつ市、朝日新聞社機から

原子力潜水艦の保有が政策合意に

自民党と日本維新の会が連立政権をつくるにあたって、政策の合意書を取り交わしました。その中に「長射程のミサイルを搭載し長距離・長期間の移動や潜航を可能とする次世代の動力を活用したVLS搭載潜水艦の保有についての政策を推進する」という項目があります。「VLS」はミサイルの垂直発射システムのことで、「次世代の動力」とは原子力のこととみられます。つまり、垂直にミサイルを発射できる原子力潜水艦を持とうということです。

これは中国などに対抗する日本の防衛力強化の一環という位置づけで合意された政策ですが、戦後日本の原子力政策の大転換にもなります。

原子力と日本の深い関わり

歴史を振り返ると、アジア太平洋戦争末期の1945年8月、アメリカによって広島と長崎に原子爆弾が落とされ、甚大な被害がありました。日本は敗戦国となり、アメリカに占領されましたが、52年に独立を果たしました。

54年、日本のマグロ漁船の第五福竜丸が被曝しました。アメリカが南太平洋のビキニ環礁で原子爆弾より強力な核兵器である水素爆弾の実験をしており、近海で操業していた第5福竜丸が降ってきた「死の灰」を浴びたのです。被曝した無線長が半年後に死亡しました。この事件を受けて日本では「原水爆禁止」の世論が沸騰しました。

一方で、世界では原子力を発電などに「平和利用」する動きがあり、日本の政界でも原子力を産業に利用しようという声が強くなっていました。そこで強調したのが「原子力の平和利用」です。その考えをもとにして55年に原子力基本法が制定されました。

第2条には「原子力利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする」と書かれています。法律ではっきりと平和利用に限ると書かれました。そして運用は「民主」「自主」「公開」の3原則に基づくこととされています。この法律は今もそのまま生きています。

原子力潜水艦の強みと弱点

原子力潜水艦における原子力は動力であり、核兵器のような直接的な攻撃に使われるものではありませんが、兵器の重要な部分を担うものであることは疑いようがありません。「原子力の平和利用」の範囲内とするのは無理がありそうです。つまり、原潜を日本が持つためには、原子力基本法を改定するか、解釈し直すことが必要になり、国内で大きな議論が起きることが予想されます。

こうした問題が立ちはだかる中で、自維政権が原潜を持ちたがるのには、理由があります。今、海上自衛隊が保有している潜水艦はディーゼル発電機とリチウムイオン電池などの蓄電池が動力源になっています。ディーゼル発電機には燃料が必要ですし、燃やすには酸素が必要です。海中には燃料も酸素もないので定期的に海上に浮上したり、浅いところからシュノーケル(吸気筒)を出して酸素を補給したりしなければなりません。敵に見つかりやすくなります。

一方、原潜はウラン燃料の核分裂によって発生する熱で水蒸気を発生させ、水蒸気の力でタービンを回して動力を得ます。燃料の補給も酸素の補給も必要がないため、長期間深い海に潜っていられます。つまり、敵に見つかりにくいということになります。また、従来型の潜水艦に比べてスピードが速いため、敵の反撃をかわして逃げ切りやすいとされます。

最近、中国海軍の空母などが行動範囲を広げています。そうした行動を抑止するには、潜水艦の追尾が必要で、それには原潜が適しているといわれます。

ただ、原潜にも弱点があります。ひとつは騒音が大きいことです。原子炉の冷却水を循環させるポンプから出る音です。音が大きいと敵に発見される可能性が増えます。

また、建造費や維持管理にかかる費用が莫大になることもあります。安全な原子炉をつくる費用は高騰していますし、廃炉にも巨額の費用が必要になります。新たな人材育成も必要になり、その費用も大きなものになると考えられます。

原子力船「むつ」の失敗

いったん事故が起きると取り返しのつかないほどのダメージを受けるリスクもあります。原子力船「むつ」の失敗が物語っています。「むつ」は日本で初めての原子力船として69年に進水しました。観測船として政府が主導して建造したものです。原子力の平和利用のひとつとして社会の大きな注目を集めました。

しかし、74年に初めて核燃料を臨界にして太平洋を試験走行していた時に放射線漏れ事故を起こしました。人に直接の被害はありませんでしたが、母港になっていた青森県むつ市の漁民は風評被害を恐れて帰港に強く反対し、「むつ」は帰る港がなくなりました。その後、長崎・佐世保の造船所が受け入れ、修理をしたのち、航行しましたが、92年には廃船となりました。それ以来、日本では原子力を動力とした船は建造されていません。

現在、世界で原潜を持っているのは、アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、インドの6カ国です。インドを除く5カ国は第2次世界大戦の戦勝国で、核不拡散条約(NPT)の中で核保有国として認められている国です。インドは核保有国ですが、NPTに入っていません。しかし、ロシアが協力することで、原潜を保有することができています。

必要なのは国民の納得

今は、オーストラリアがアメリカの供与を受けて原潜を保有しようとしています。保有すれば、7カ国目になります。アメリカ、インド、オーストラリア、日本は「クアッド(Quad)」と呼ばれる日米豪印戦略対話をおこなう4カ国です。中国の海洋進出に対抗する枠組みです。日本を除く3カ国が原潜を持つ中、日本が世界で8カ国目の保有国となっても状況的にはおかしくありません。しかし、その前に原子力基本法、莫大な費用、人材育成、近隣諸国の反応といった問題が横たわります。いずれにしても国民が納得するしっかりした議論が欠かせません。

一色清

一色清(いっしき・きよし)さん

朝日新聞社に勤めていた時には、経済部記者、アエラ編集長、テレビ朝日 「報道ステーション」コメンテーターなどの立場でニュースと向き合ってきた。アイスホッケーと高校野球と囲碁と料理が好き。

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