戦国時代の「淀城」の建物のあとが京都市伏見区で見つかりました

戦国時代の「淀城」の建物のあとが京都市伏見区で見つかりました
朝日新聞社あさひしんぶんしゃが提供ていきょうした画像がぞうを使つかっています。

戦国せんごく時代じだいの有力ゆうりょく者しゃらが関かかわった「中世ちゅうせい淀よど城じょう」とみられる建物たてもののあとが、初はじめて確認かくにんされました。

現場げんばは京都府きょうとふ京都きょうと市し伏見ふしみ区くの桂川かつらがわ西岸せいがん(右岸うがん)です。すぐ近ちかくの東岸とうがん側がわには豊臣とよとみ秀吉ひでよしが修理しゅうりさせた城しろのあと(推定すいてい地ち)もあります。豊臣とよとみ秀吉ひでよしは戦国せんごく時代じだいに天下てんか統一とういつ(国くにをまとめること)をしたとても有名ゆうめいな武将ぶしょうです。

当時とうじの淀よどが政治せいじ・軍事ぐんじの重要じゅうような場所ばしょだったことがわかりました。京都きょうと市し埋蔵まいぞう文化財ぶんかざい研究所けんきゅうじょが発表はっぴょうしました。

調査ちょうさ地ちは河川敷かせんしきで、周辺しゅうへんは平安京へいあんきょうの入いり口ぐちとして栄さかえた港みなと「淀津よどのつ」があったとされます。

朝日新聞あさひしんぶんの記事きじをやさしい日本語にほんごに言いい換かえた記事きじです。

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