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**かんこくへいごう【韓国併合 】

1910(明治(めいじ43)年から1945(昭和20)年まで,日本が朝鮮(ちょうせん植民(しょくみん地として支配(しはいしたこと。日本は,日露戦争(にちろせんそう後のポーツマス条約(じょうやく(1905年)で朝鮮(ちょうせんに対する優越権(ゆうえつけんをみとめられると,ただちに朝鮮(ちょうせん保護(ほご国とし,伊藤博文(いとうひろぶみ統監(とうかんとして派遣(はけんし,外交・軍事(ぐんじなどを日本の手におさめ,1907(明治(めいじ40)年には政権(せいけんもにぎった。これに対して,朝鮮民衆(ちょうせんみんしゅう抵抗(ていこうがさかんになり,伊藤(いとうは1909(明治(めいじ42)年に満州(まんしゅう(今の中国東北区)のハルビンで安重根(アンジュングン朝鮮(ちょうせん独立(どくりつ運動家)に射殺(しゃさつされた。日本はこれを機会(きかいに1910年8月,武力(ぶりょく背景(はいけいに「韓国併合(かんこくへいごう(かんする条約(じょうやく」によって朝鮮(ちょうせん(1897年より国号は大韓帝国(だいかんていこく)を併合(へいごう総督府(そうとくふ設置(せっちして現役(げんえき武官(ぶかん総督(そうとくとした。

コーチ

以後(いご朝鮮(ちょうせんは日本の敗戦(はいせん(1945年)まで,日本の完全(かんぜん植民(しょくみん地となった。

年代暗記

韓国併合(かんこくへいごう韓国併合(かんこくへいごう,いく十(1910)年

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