水筒の中身の温度はなぜ変わらない? ー保冷・保温のふしぎー
こたえ:
みなさんは、学校へ持って行く水筒に何を入れていますか? 体育の授業で汗をかいた後、冷たい水を飲めるとうれしいですね。寒い日には、水筒から温かいお茶を飲んで体を温めたという人も多いでしょう。
このように、時間がたっても中身の温度を冷たいまま/温かいまま保つことのできる水筒を「魔法びん」とよびます。といっても、飲みものの温度が変わらないのは魔法ではありません。
では、温度が変わらなのはなぜでしょうか。冷蔵庫やエアコンには電気を使って冷やしたり温めたりするしくみがありますが、魔法びんにはそうした大がかりなしくみはなさそうです。そこで今回は、魔法びんが飲みものの温度を保つ「保冷」「保温」のメカニズムを調べてみましょう※1。
※1
液体 の温度 を変 える“犯人 ”をさがせ!
まず、飲みもの、つまり液体が熱くなったり冷たくなったりする原因を探ります。その“犯人”の動きを封じられれば、飲みものを保冷/保温できるはずです。
液体や気体、固体の温度を変える犯人は、ずばり「熱の移動」。温度がちがう2つのものがあるとき、熱は温度が高い方から低い方へ移動する性質をもちます。たとえば、冷たい液体が入ったコップを熱湯の中へ入れると、コップの中身は熱湯の熱を受け取って温度が高くなります。それとは逆に、温かい液体が入ったコップを氷水の中へ入れると、液体の熱は氷水へ伝わります。
熱の移動(伝わり方)には、以下の3つがあります(図1)
熱 の伝 わり方 (1):伝導
「伝導」(熱伝導)とは、温度の高い所から低い所へ、接触している物質をつたって熱が移動することです。水の入ったなべをガスコンロで温めたとき、コンロの火からなべの底へ、なべの底から水へと熱が伝導することで、水の温度が上がります。ほかには、温まったなべの取っ手が熱くなるのも、水に入れた氷が溶けて水の温度が下がるのも、熱が伝導するからです。その物質がどのくらい熱を伝導しやすいかを表す度合いを「熱伝導率」といいます。
熱 の伝 わり方 (2):対流
温度差ができたときに、温かい液体や気体は上へ、冷たい液体や気体は下へ向かう流れが発生します。この流れに乗って熱が移動するのが「対流」です。なべの底の方で温まった水が上へ、冷たい水が底へ対流することで、なべの水全体の温度が上がっていきます。エアコンは、温めたり冷やしたりした空気を送り出して対流を起こして、部屋の温度を快適にします。
熱 の伝 わり方 (3):放射 (輻射 )
物体がもつ熱が「電磁波」になって放出され、離れた所へ熱が伝わることを「放射」(熱放射、輻射)といいます。なべをかけたガスコンロの近くに手をかざすと暖かく感じるのは、放射によるものです。太陽の熱で約1億4960万kmも離れた地球が暖かくなるのは、太陽から放出された電磁波が地面を温めて、その熱が大気を温めるからです。
熱 の移動 を封 じるシカケ
物体を温かくしたり冷たくしたりする“犯人”は熱の移動でした。ということは、熱の移動を小さくすれば、飲み物を保冷/保温できますね。魔法びんは、どのように熱の移動をおさえているのでしょうか。
解決法 1:熱 伝導率 の低 い材料 を使 う
まずは、伝導を小さくする方法です。液体は、接している魔法びんの壁や底をつたって出たり入ったりしますから、魔法びんの材料の工夫で伝導をおさえられます。みなさんが持っている魔法びんの多くが「ステンレス鋼」(ステンレス)という金属でてきていますが※2、その理由の1つは熱伝導率。ステンレスのおおよその熱伝導率は、銀の1/26~1/16、銅の1/23~1/14、アルミニウムの1/12~1/8と、とても低いのです1)。
※2
[参考]
1)ステンレス協会「ステンレスとは 他の材料との比較」:
https://www.jssa.gr.jp/contents/about_stainless/key_properties/comparison/
解決法 2:「真空 断熱 構造 」で伝導 と対流 をおさえる
次は、伝導だけでなく対流も小さくできる方法。それは、つくり(構造)です。図2は、ステンレス製の魔法びんを縦に半分に切った「断面」。壁や底が二重になっているのが分かりますね。 このように魔法びんは、内側のボトル(内びん)と外側のボトル(外びん)の二重構造になっています2)~4)。そして、内びんと外(そと)びんの間にはすきまが開いています。
実は、この小さなすきまが、保冷/保温にはとても大切。内びんと外びんの間のすきまは、物質が存在しない「真空」に近い状態です。伝導や対流は、接している物質をつたって起きる熱の移動ですから、熱を伝える物質をふくまない真空の空間をつくれば、伝導と対流をなくせるというわけです(図3)。このように真空の空間をつくることによって伝導・対流をおさえる二重構造を「真空断熱構造」といい、こうした構造の魔法びんを「真空断熱ボトル」とよぶこともあります。
[参考]
2)サーモス「魔法びんの秘密」:https://www.thermos.jp/craftmanships/
3)タイガー魔法瓶「真空断熱技術」:https://www.tiger.jp/b2b/about_dannetsu.html
4)象印マホービン「まほうびんの仕組み」:https://www.zojirushi.co.jp/cafe/merit/shikumi/
解決法 3:ぴかぴかの壁 で熱 をはね返 す
熱の移動を減らす3つ目の方法は、放射を防ぐもの。それは、魔法びんの中をのぞくと見つかります。中身を飲み干したときや洗うとき、壁がつるつる・ぴかぴかしているのに気づいたでしょうか。
多くの魔法びんは、内びんに金属の箔を巻きつけたり、壁や底を鏡のようにみがきあげたりしています。そのため、中をのぞいたときにぴかぴかして見えるのです。魔法びんの壁や底に熱が放射で吸収されると中身の温度が下がってしまいますが、このように壁や底をぴかぴかにすると、壁や底から外へ出ようとする熱を反射するため、放射を防ぐことができます(図4)。
身 の回 りの「真空 断熱 」を探 そう
壁や底を二重にして、内側と外側の間を真空にすることで保冷/保温する「真空断熱」の技術は、水筒だけでなく、いろいろな場所で見つけることができます(図5)。たとえば、冷蔵庫や自動販売機の保冷性能を高めたり、おふろの浴槽にはったお湯をさめにくくしたり、コンテナに取り入れて生鮮食品を冷たいまま運んだりするのに、真空断熱技術は使われています。
さらには、室内を快適な気温に保つ窓ガラスや、ワクチンを運ぶための保冷ボックス、国際宇宙ステーション(ISS)から実験サンプルを持ち帰るための容器など、真空断熱技術の使い道はさまざま5)~7)。水筒の技術が宇宙開発にも生かされていると知ると、宇宙が少しだけ身近に感じられますね。
くわしく調べると、「こんなところにも!」と意外な応用場所があるかもしれません。みなさんもぜひ、真空断熱技術を探してみてください。
[参考]
5)日本板硝子『真空ガラス「スペーシア」とは』:https://shinku-glass.jp/shinkuuglass/
6)パナソニック『医薬品輸送への貢献を〜保冷ボックス「VIXELL」開発ストーリー』:https://news.panasonic.com/jp/stories/2021/88047.html
7)タイガー魔法瓶『タイガーの「魔法瓶」技術が宇宙へ!』:https://www.tiger.jp/b2b/oem_aerospace01.html
記事公開:2022年5月
監修者:大山光晴
1957年東京都生まれ。東京工業大学大学院修士課程修了。高等学校の物理教諭、千葉県教育委員会指導主事、千葉県立長生高等学校校長等を経て、現在、秀明大学学校教師学部教授として「理数探究」や「総合的な学習の時間」の指導方法について講義・演習を担当している。科学実験教室やテレビの実験番組等への出演も多数。千葉市科学館プロジェクト・アドバイザー、日本物理教育学会常務理事、日本科学教育学会及び日本理科教育学会会員、月刊『理科の教育』編集委員等も務める。