【震災に備える③】 防災のプロに聞いた・「本当に使える防災リュック」の中身
地震は、いつどこで起こるか予測ができません。そのため、普段からいかに心構えをしておくか、そして準備しておくかが、被災後の生活を左右します。
第1回では被災者のリアルな声、被災しても生き延びられる人の特徴を、2回目では地震が起こったときにとるべき行動についてお伝えしました。最終回となる今回は、いざというとき本当に使える防災リュックの中身について、引き続き国際災害レスキューナースの辻直美さんに教えてもらいます。
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まずは、我が家に必要な備蓄量をチェック
防災リュックというと、いまやホームセンターや通販などでも便利グッズがセットになったものが売られています。それを買って、家の中に置いておけばいいような気がするのですが……。
「確かに、そういった防災リュックを買うのもひとつですが、確認したいのは、『その中身、本当にあなたの家庭に合ったものですか?』ということ。私にとって防災リュックは、防災のために準備したもののなかから、自分や家族にとって絶対的に必要だと思うアイテムを厳選して詰め込んだもの。つまり、我が家にとって選ばれし精鋭たちなんですよ。だから、家庭ごとに中身が違って当たり前だと思っています」(辻さん)
そう考えると、防災リュックの中身を考える前に、家の中の備蓄品目と備蓄量から見直していくことが必要だと言えそうです。
「一般的に、大人一人に必要な一日の備蓄量は
・水3リットル(飲料・料理用2リットル、その他1リットル)
・レトルトごはん・パスタ・カップラーメンなど3食分
・簡易トイレ8~9回分
が目安です。
最低でも、これらを3日分。給水車が来るまで10日~2週間程度かかる場合が多いことを考えると、10日分は用意しておきたいところです。ただし、家族の人数やお子さんの年齢によっても必要量は変わってきます。たとえば小さな子どもがいる場合は、トイレで失敗したときのことを考えて、簡易トイレを多めに準備しておくと良いですよ」(辻さん)
我が家にはどのくらいの備蓄量が必要かを知るためには、アプリを活用すると便利です。「東京備蓄ナビ」(https://www.bichiku.metro.tokyo.lg.jp/)は、一緒に住んでいる家族の性別と年齢、住まいの種類、ペットを飼っているかいないかを選択するだけで、必要な備蓄用品と量が表示されます。
また、住所を入力すると、そのエリアで30年以内に起こる地震予測、地震が起こった場合の停電日数やガス停止日数、断水日数を教えてくれる「地震10秒診断」(https://nied-weblabo.bosai.go.jp/10sec-sim/)もおすすめです。災害がより自分事として考えられます。
まずは、我が家に必要な備蓄量を調べ、買い揃えることから始めましょう。
家族一人ひとりの防災リュックを作ってみよう
それぞれの家庭に必要な備蓄量がわかったところで、ここからは在宅避難が困難なときのために、持ち出し用の防災リュックを準備していきます。
「防災リュックには、水なら3日分、食料は7日分を最低でも入れておきたい。加えて、料理するためのカセットコンロや停電対策のランタン、情報を得るためのラシオやモバイルバッテリー、乾電池、防寒・暑さ対策、常備薬、救急セット、衛生用品、復興作業に使うための軍手などが備えとして必要です。
正直、水と食料だけでもかなりの量になりますよね。そうなると、それ以外のアイテムはできるだけ量を減らしたい。そこで、さまざまな用途に使えるものを意識して集めることがポイントです。
特におすすめしたいのは、ペットシーツと新聞紙、そしてゴミ袋です。ペットシーツはゴミ袋と合わせれば簡易トイレになりますし、水で濡らせばひょうのう代わりに、お湯を吸収させれば湯たんぽになります。新聞紙は保温性があるので、暖を取るのに最適です。また、スリッパも作れますし、災害トイレに入れれば消臭効果も。何通りにも使えるアイテムを防災リュックの中に忍ばせておくと、避難所での生活に役立ちます」(辻さん)
「食・睡眠・衛生」自分にとっての優先順位を考える
先程「防災リュックの中身は、家庭によって違う」というお話がありましたが、具体的にはどのような差があるのでしょうか。
「あなたにとって、食事・睡眠・衛生のうち、どれが一番大切ですか? この順番は、夫婦でも親子でも違います。つまり、生活のなかで譲れない点、何にプライオリティを置くかは、人によってさまざま。災害が起きてから大切なのは、いかにはやく日常生活に戻すかです。けれども、避難生活が長引くこともあるでしょう。そんなときのために、自分にとって大切なものを多く備蓄することで、心が満たされます。
食事が楽しみな人は、食料のバリエーションを増やす。調理アレンジ術の知識も身につけておくといいですね。睡眠重視であれば、快適に眠れるような環境が作れるアイテムを用意しておく。何より清潔にしていたいという人は、体拭きシートを多めに用意する。さらに、ミョウバンを持っていると水に溶かせば消臭や殺菌に役立ちます。匂いに敏感な人は、好きな香りのアロマオイルがあれば、緊張や疲れを癒やすことができますよ。
子どもの場合は、大好きな玩具やお絵描きセットなど、避難所などでも夢中になれるグッズがあると良いです。大人には『そんなもの必要ない』というものでも、子ども自身にとっては、心が落ち着くアイテムなんですよ。食べると元気になれる、お気に入りのおやつを入れておくのもいいですね」(辻さん)
生活をするうえで譲れないものは人それぞれ。だからこそ、大人も子どもも、自分なりの防災リュックの中身を考えることが大切なのですね。
防災リュックを背負って、避難所まで歩いてみる
自分仕様の防災リュックができたら、そこでおしまい……ではありません。ここからが重要です。
「まずは、防災リュックを背負って、避難所まで歩いてみてください。重すぎて歩けない、リュックが破れてしまったなど、いろいろなアクシデントが起こるでしょう。中身の見直しが必要になるかもしれません。
次は、実際に防災リュックの中身を使って生活をしてみましょう。たとえば、今度の土曜はリュックに入れた水だけで生活してみる。3食防災食で過ごしてみる。防災リュックや防災アイテムは、使いこなせてこそ役に立ちます。準備したらあとは災害が起こるまで触らない、ではなく、定期的に中身を開けて、使うことが重要です」(辻さん)
ちなみに、必要だと思うものをどんどん詰め込むと重くなる一方の防災リュックですが、中身の詰め方次第では、軽く感じるのだとか。
「重いものを上の方に詰めること。そして、リュックをできるだけ体に密着させること。これだけで、ずいぶんと重さを感じなくなります。ストラップの長さを調節してリュックを高い位置にし、チェストストラップがついている場合はギュッと締めます。ない場合は、ロープなどでリュックの上から胸囲部分を巻いてもOK。重さの感じ方がまったく違うので、ぜひ試してみてください」(辻さん)
防災リュックは魔法のポケット。頼りになる存在として活用しよう
自分流の防災リュックを準備し、実際に背負ったり使ったりしてみる。これだけで、防災レベルはグッとアップしたはずです。最後に、辻さんからこんなメッセージをもらいました。
「いざというときに持ち出せるよう、重要なものだけを選びぬいて詰め込んだ防災リュックは、まさに魔法のポケットです。部屋の奥に大切にしまい込んでおいては、いざというとき取り出せません。できれば玄関などすぐ手が届く場所に置いておく。そして、普段から困ったら防災リュックを使うことです。
子どもだけで留守番していてお腹が空いたら、防災リュックからレトルトのご飯を出して食べればいい。怪我をして困ったら、防災リュックから救急セットを出して使えばいい。地震が起こったとき、大人が常にそばにいるとは限りません。子どもたちだけでも生活できるようにしておくためには、普段から、自分たちで防災リュックの中身を使っていることです。
そうすれば、仕事で親の帰りが遅くなったときでも、子どもたちだけで困ることなく過ごせます。防災リュックの中身がわかっているから、地震が来たときも迷わず使えます。普段から使っていれば、いざレトルトを食べようと思ったら賞味期限切れだった、なんてこともありません。それくらい、防災リュックを身近なものとして使ってほしいなと思います。もちろん、使った後は補充することを忘れないでくださいね」(辻さん)
辻さんが教えてくれた防災術は、普段から取り入れられる、目からウロコなアイデアばかりでした。ぜひ、防災を非日常ではなく日常のこととして、我が家なりの備えをしておきましょう。
(取材・文)水谷映美