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算数と数学、そして人生/「賢い子ども」の育て方【第12回】

算数と数学、そして人生/「賢い子ども」の育て方【第12回】

算数と数学の違いって何だと思いますか? 「数学を小学生向けに易しくしたものが算数!」学校の学習内容に限定すれば正解です。

アメリカには飛び級制度があるので、優秀な小学生はすぐに中学、高校の数学に進みます。わたしはそれをいいことだとは思いません。
わたしが見ている優秀な小学生に中学、高校の数学の問題を与えても楽しんではもらえないでしょう。
「楽しい!」と心の底から感じることができなければその分野で開花することはほとんどありません。
幸いなことに日本には面白い算数の中学入試問題がたくさんあります。算数の範囲で解けるのですが、難しい問題は東大の数学科の大学院生でも解けません。

塾に勤めていたころ、時間講師の採用係も担当していました。
ある日、東大理学部数学科の大学院生がやって来ました。いつも採用試験に使っている6年生用の模擬試験の算数を解いてもらったところ、220点満点中60点しか取れませんでした。

「ぼくには数学の才能がないのでしょうか。」
彼はひどく落ち込みました。
「中学入試の算数は特殊なので、中学受験を経験していなければ解けない問題もあります。」
とわたしは説明しました。

中学入試問題を解くのに必要な知識は整数、分数、小数、加減乗除だけですが、わたしは毎年、首都圏上位校の入試問題を解くのに四苦八苦しています。本当に難しい問題はだれがやってもすらすらとは解けません。

2017年3月9日、MfA(Math for America)というNPOで数学と科学の先生対象の授業を行いました。1問目にこういう問題を出しました。

0、1、2、3、4、5の6枚のカードがあります。すべてのカードを1回ずつ使って3けたの整数を2つ作りなさい。

①2つの整数の和が最大になるように作るとその和はいくつになりますか?
②2つの整数の和が最小になるように作るとその和はいくつになりますか?
③2つの整数の差が最大になるように作るとその差はいくつになりますか?
④2つの整数の差が最小になるように作るとその差はいくつになりますか?

 一見、同じような問題に見えますが、④だけ大きく異なります。

わたしの教室では小3はパズルだけで、算数は小4から始めます。この問題は小4の2回目の授業で出します。
正答率は①100%、②80%、③70%、④5%です。

算数、数学の最大の敵は思い込みと先入観です。
「最初に出した自分の答えを信用してはいけません。」とMfAでも冒頭に話しました。

ヒントを差し上げます。①~③は百の位から考えると簡単に正解できますが、④はそれだと4通り試す必要があります。④は下2けたから考えると簡単に正解できます。4問とも正解できた先生は20%くらいでした。

それでもわたしは
「よく解けたな。」
と感じました。

2問目にこういう問題を出しました。

ABCD×9=DCBA
ABCD、DCBAはどちらも4けたの整数です。A、B、C、Dにあてはまる整数は何ですか?

中学入試問題ですが、ほとんどの先生たちは手こずっていました。

1111×9=9999
明らかに違う。

1234×9=4321
成り立たない。

難問というほどではありませんが、中学受験を経験していないほとんどの大人は、数学の先生でもなかなか解けません。でも、わたしの授業を楽しんで受けている小学生は30秒くらいで解けます。
どこが違うのでしょうか?

大人と子どもの違いは知識と経験です。知識と経験においては子どもは絶対に大人にかないません。
生きている年数が大きく異なるので、これは覆しようがありません。
でも、この問題は多くの人にとって、はじめて目にするものなので、知識も経験も大して役に立ちません。

では、なぜ、わたしの生徒たちはこういう問題を解けるのでしょうか?
知識と経験に頼って生きている大人は未知の問題に出会うと
「うわあ! こんなの見たことない! どうしよう!」
とパニックに陥ります。
わたしの生徒たちの最大の武器は試行錯誤を楽しむ能力です。
彼らは未知の問題に出会うと
「うわあ! こんなの見たことない! 楽しい!」
と興奮します。

彼らは失敗を全く恐れません。
今の自分にできることを片っ端から試します。
それを続ければそのうち正解できるのです。

これは中学入試問題を解くのに役に立つだけではなく、人生の役に立つのです。人生を前向きに生きていると何歳になっても未知の問題に直面します。そんなときは知識と経験に頼るより、試行錯誤を楽しんだ方が前に進める場合が多いです。

最近、30代、40代の教え子と再会する機会が多いですが、彼らは今でも試行錯誤を楽しみながら自分なりの人生を生きています。それを実感できるとうれしくなります。

「オレの授業は中学入試に合格させるためのものではない。生徒たちの人生を充実させるための授業だ!」

ということを再確認できるからです。

「試行錯誤を楽しむ」ということは、充実した人生を送るために一番必要なことだと思います。

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シリーズ『「賢い子ども」の育て方』第1回から第13回(最終回)まとめ

宮本哲也(みやもとてつや)

宮本哲也(みやもとてつや)

宮本哲也(みやもとてつや)

1959年生まれ。
学生時代に塾業界に足を踏み入れ、大手進学塾講師を経て1993年宮本算数教室を横浜に設立。
「指導なき指導」を授業の柱に「無手勝流算数家元」と自らを名乗る。
無試験先着順の教室ながら、近年卒業生の80%以上が首都圏最難関中学(開成・麻布・栄光・筑駒・フェリス・桜蔭など)に進学する実績をあげている。
2009年、教室を日本橋に移転。2015年、教室をマンハッタンに移転。2017年、教室を中野に移す。

Webサイト http://www.miyamoto-mathematics.com/

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