1月に甲子園!?元巨人・柴田章吾さんが「アジア甲子園」で届ける、子どもが本気で夢を追う力

1月に甲子園!?元巨人・柴田章吾さんが「アジア甲子園」で届ける、子どもが本気で夢を追う力

日本の夏の風物詩「甲子園」。今年も、白球を追いかける球児たちの姿に胸を打たれた人は多かったのではないでしょうか。次の感動は来年の夏……と思いきや、なんと真冬の1月にも甲子園が開催されるのをご存知ですか?

その名も「アジア甲子園」。日本の高校野球が持つ文化や精神を東南アジアの子どもたちに伝えながら、「夢の舞台」を届ける国際大会です。そこには、野球を通じて子どもたちの可能性を広げたいという、大人たちの熱い思いがありました。

今回は、「アジア甲子園」の発起人である元プロ野球選手の柴田章吾さんにお話を伺いました。自身も病を乗り越えて甲子園の舞台に立った柴田さんが、なぜ今、海を越えて「甲子園」を届けようとしているのか。憧れの聖地に立ったインドネシアの少年たちの声も交えながら、子どもが「夢中になれるもの」を持つことの大切さを探ります。

「アジア甲子園」とは?

アジア甲子園

「感動は、国境を超える」を理念に、日本の高校野球が持つ文化や精神をアジアに広め、現地の次世代を担う子どもたちに夢の舞台を提供する国際野球大会。18歳以下を対象としていて、第1回は2024年12月にインドネシアのジャカルタで開催、8チームが参加しました。

 

翌年2025年12月に開催された第2回大会では、インドネシアに加えてシンガポール、マレーシアからもチームが参加。そして第3回目となる2027年1月の大会には、過去最多となる16チームが参加予定です。回を重ねるごとに規模が拡大し、観客からの反響も広がっています。

 

主催は一般社団法人NB.ACADEMY。代表は元高校球児で元プロ野球選手の柴田章吾さん、副理事には人気漫画『ドラゴン桜』の作者・三田紀房さんが名を連ねています。

病室のベッドで出会った“生きる希望”。それが「甲子園」だった

――来年1月で第3回を迎える「アジア甲子園」ですが、立ち上げたきっかけを教えてください。

「僕自身、子どもの頃からずっと野球をやってきました。小学2年生で野球を始め、小学校時代には全国制覇も経験し、中学では日本代表のエースに選ばれました。

ところが中学3年生のとき、ベーチェット病になってしまったんです。1万人に1人が発症するとされている難病で、治らないと言われています。主治医からも、『野球を続けることは無理だ』と言われました。

未来への希望を失い、絶望的な気持ちで入院生活を過ごしていたとき、ふとテレビで流れていた甲子園の中継を見たんです。あれは2004年に駒大苫小牧が北海道初の優勝を果たした決勝戦だったかな。

『これに出てから死にたい』。そう強く思いました。それから、治療やリハビリを続けながら野球に励み、高校3年の夏、ついに甲子園の舞台に立つことができました。

僕だけでなく、たくさんの球児たちが目指す夢の舞台であり、勝ち負けを超えて人間として成長できる『甲子園』という最高の空間を、日本だけにとどめておくのはもったいない。まだ野球を知らないアジアの子どもたちにも、この経験を届けたい。

そう思ったことが、アジア甲子園を立ち上げたきっかけです。同時に、海外で日本の野球に興味を持ってもらうことで、日本の野球界もさらに盛り上がってほしいという想いもあります」(柴田さん)

熱い想いを語る柴田さん。その言葉の一つひとつに重みがあります

――日本の子どもたちや保護者の方にとっては、「アジア甲子園」はどんな意味を持つでしょうか?

「甲子園の魅力を改めて説明するのって、意外に難しいんです。あの場所だからこそ味わえる熱気、地元のチームを応援する団結力、そして『一回負けたら終わり』という厳しい世界。それまで積み重ねてきた並々ならぬ努力が、その日、一瞬で終わってしまうからこその美しさや価値があります。

海外の子から『ただの野球の大会で、なんであんなに盛り上がるの? 何がそんなに感動するの?』と聞かれることもあるんですが、そこにかける想いの深さが全然違うんですよね。友だちや家族と過ごす時間を我慢してでも、つらい練習を乗り越えて、大きな目標に向かって頑張っている。

だからこそ、甲子園の素晴らしさを一つひとつ言葉にして伝えていくことは、外国人だけでなく、僕たち日本人にとっても、その価値を再発見するきっかけになるのだと思っています」(柴田さん)

インドネシアの教育省も認める「3つ星」評価―大きく広がるアジア甲子園―

――これまでに2回開催して、手ごたえを感じていますか?

「まだまだこれからではありますが、参加チーム数も国の数も、そして観客数もどんどん増えてきて、想像していたよりも興味を持ってもらえてるなというのが正直なところです。

とはいえ、東南アジアでは野球はまだまだマイナーなスポーツ。野球道具を売っている店すら滅多になく、子どもたちはサッカー場や空き地で工夫しながら練習する日々です。

それでも、着実に日本の野球の素晴らしさが広がっていると感じています」(柴田さん)

アジア甲子園の立役者である、漫画家・三田紀房さん(左)と柴田さん(右)

――日本の甲子園も、始まりはたった10校の小さな大会だったと聞いています。そこから100年の歴史を重ね、現在の「甲子園ブランド」が築かれました。アジア甲子園も、まさにこれからですね。

「はい。じつは、先日インドネシア教育省から、アジア甲子園を『国が認める公式大会』と位置づけ、3つ星の評価をいただいたという連絡がありました。

これは、日本で言うインターハイや国体、甲子園といった大会と同等の扱いを受けられるようになったということ。この大会に出るための公休扱いを受けられる学校もあり、大学のスポーツ推薦にも値するお墨付きをもらえた。これは極めて大きな成果であり、アジア甲子園にとって大きな一歩だと思っています。

恵まれた環境がなくても、夢中になれるものがあれば子どもは変わる。そんな力を、アジア甲子園を通して国内外の親子に届けられたらうれしいです」(柴田さん)

【現地レポート】聖地・甲子園に立ったインドネシアの球児たち

海を越えて甲子園にやってきた、オールスターチームのメンバーたち

今夏の甲子園の始球式では、2人のインドネシア球児が夢の舞台に立ちました。昨年2025年のアジア甲子園に出場した選手の中から選抜されたオールスターチームでバッテリーを組んだ、投手のトゥク・ムハンマド・エミール・ラヤさんと、捕手のサムエル・クルニアワンさんです。大役を終えた2人にも話を聞きました。

――憧れの甲子園のマウンドに立ってみて、いかがでしたか?

「家族や友人たちがオンラインでビデオメッセージを送ってくれたので、とても勇気づけられました。じつは、マウンドに上がる前に、僕が『ワンバンしたら承知しないよ。でも、もしもワンバンになったら、その球を僕が取ることで僕の株が上がるから、大丈夫』と話していたんです。結果、その通り(ワンバン)になってしまいましたが(笑)」(捕手・サムエルさん)

極度の緊張の中で、力強いピッチングを見せたトゥクさん(提供 朝日新聞社)

「マウンドに上がった瞬間、頭が真っ白になって、何も考えられなくなってしまいました。でも、本当に素晴らしい経験ができました。アジア甲子園は、僕たちに試合をするチャンスだけでなく、自分たちの力を見せるチャンスや、たくさんのことを学ぶチャンス、そして何より、大きな希望を与えてくれました」(投手・トゥクさん)

夢の舞台での始球式を終えて、ホッとした笑顔を浮かべるトゥクさん(左)とサムエルさん(右)

――ひとつ大きな夢が叶いましたね。ここから先の目標を教えてください。

「今回、日本の野球のレベルの高さを目の当たりにして、雲の上の存在を知った気持ちです。とにかく練習するしかないと思っています。今年もまたオールスターに選ばれて、もう一度この舞台に立ちたいです」(投手・トゥクさん)

「できれば大学に進学して、野球を続けたいです。プロ野球、メジャーリーグへと夢は大きく広がっています。そして、インドネシアの野球のさらなる発展にも繋げていきたいです」 (捕手・サムエルさん)

 

柴田さんが挑戦する「アジア甲子園」は、海外の子どもたちに野球を届けるだけの取り組みではありません。病室で希望を失っていた少年時代の柴田さんを救い、未来へ向かう力を与えてくれた「甲子園」。今度はその舞台を、国境を越えて子どもたちへ届けようとしています。

恵まれた環境がなくても、夢中になれるものがあれば、子どもは変わる――。

2027年1月に開催される第3回「アジア甲子園」。そこでは、どんな子どもたちが新たな夢を見つけ、どんな未来への一歩を踏み出すのでしょうか。これからの広がりにも目が離せません。

(取材・文/水谷映美 撮影/増田えみ)

第3回アジア甲子園大会の詳細はこちら

柴田 章吾(しばた しょうご)さん

柴田 章吾(しばた しょうご)さん

柴田 章吾(しばた しょうご)さん

愛工大名電高校~明治大学~読売巨人軍~アクセンチュア~起業。コロンビアビジネススクールVFA2022修了生。 難病ベーチェット病初の元プロ野球選手、現起業家。日テレ系列の「24時間テレビ」や、「衝撃のアノ人に会ってみた」にて、難病を克服して甲子園に出場し、プロ野球選手となり、外資系コンサル・アクセンチュアへの異例の転身について取り上げられた。現在は、スポーツブランディング事業やPR事業(イベント企画・キャスティング)をメインとした会社をシンガポールにて経営。 2026年1月より、元BCGかつ東大野球部出身者が立ち上げた、スポーツ・エンタメ領域に強みを持つ戦略コンサルティングファーム『SHAPE Partners & Sports』のCSOに就任。

PAGETOP