どうして月は歩いてもついてくるの

どうして月は歩いてもついてくるの

たしかに、月(つき)を見(み)ながら歩(ある)いていると、月(つき)は、どこまでもついてくるように見(み)えることがあります。

しかし、これは、あくまでもそう見(み)えるだけで、本当(ほんとう)についてくるわけではないのです。これは、月(つき)が遠(とお)くにあるためにおこるかんちがいであり、錯覚(さっかく)なのです。

たとえば、次(つぎ)のような場合(ばあい)を考(かんが)えてみましょう。
場所(ばしょ)は、学校(がっこう)の校庭(こうてい)で、時間(じかん)は、空(そら)に月(つき)がかがやいている夜(よる)の8時(じ)ごろとします。まず、自分(じぶん)の位置(いち)を確認(かくにん)し、月(つき)と学校(がっこう)の校舎(こうしゃ)をよく見(み)ます。次(つぎ)に、ゆっくりと校舎(こうしゃ)にそって50mほど歩(ある)き、もう一度(いちど)、月(つき)と校舎(こうしゃ)を見(み)るのです。
校舎(こうしゃ)は50mも歩(ある)いたために、見(み)え方(かた)がちがってきます。しかし月(つき)は、歩(ある)く前(まえ)と全(まった)くかわりません。まるで後(あと)をついてきたように、前(まえ)と同(おな)じ方向(ほうこう)に同(おな)じ大(おお)きさで見(み)えるのです。

なぜそのように見(み)えるのでしょう?
その理由(りゆう)は、月(つき)は校舎(こうしゃ)にくらべて、はるかに遠(とお)くにあるからです。
50m歩(ある)いたぐらいでは、見(み)える方向(ほうこう)や大(おお)きさはほとんどかわりません。
わたしたちの目(め)には、校舎(こうしゃ)のような変化(へんか)が月(つき)には見(み)えませんから、そこで、かんちがいが起(お)こるのです。かなり歩(ある)いたのだから、月(つき)も前(まえ)とはちがうところに見(み)えるはずだと。そう思(おも)って空(そら)を見(み)ると、月(つき)はかわらず同(おな)じところにあります。そこで、わたしたちは「月(つき)が自分(じぶん)についてきた」と錯覚(さっかく)してしまうのです。

おうちの方(かた)へ

地球(ちきゅう)と月(つき)の距離(きょり)は38万(まん)kmもあるので、数(すう)km地球(ちきゅう)上(じょう)で移動(いどう)しても月(つき)の見(み)える方角(ほうがく)や大(おお)きさにはほとんど影響(えいきょう)がないのです。

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