回るバケツの中の水は、なぜこぼれないの?
こたえ:
激しい雨を「バケツをひっくり返したような雨」と表現しますが、実際にバケツに水を入れて逆さまにすると、どうなるでしょう? 雨のたとえが大げさに感じられるほど勢いよく、一瞬のうちに水が落ちるはずです。では、同じバケツを片手に持って「ぐるんぐるん」と腕を大きく回すと、どうなるでしょう? 今度は、頭の上でバケツが逆さまになっても水はこぼれません。止まったバケツが逆さまになるのと、ふり回されているバケツが逆さまになるのとでは、中の水にどんな違いがあるのでしょうか。
バケツを手に持ち、自分の顔の前に大きな円を描くように一定の速さで腕を回すと、バケツは円運動をします。円運動とは、物体が1つの円周上を移動する運動。バケツは、腕がコンパスのように描く円の円周の上を移動していきます。この円運動をするには、円の中心へ向かう力「向心力」が必要です。たとえば、人工衛星が軌道外へ飛んでいくことなく地球のまわりを円運動するのは、人工衛星と地球が引き合う「万有引力」が向心力としてはたらくからです。
それでは、バケツに入った水の場合は、何が向心力になっているのでしょうか。それは、バケツが水を押す力と重力(地球の中心に向かって物体を引っ張る力)を合わせた力(合力)です。バケツが回す人の頭の上に来て逆さまになったとき、バケツの中の水には重力がはたらきますね。同時に、バケツの底からは下向きの力がはたらきます。これら2つの力の合力が向心力となって、バケツと水は円運動を続けます。
ここで「バケツが逆さまになったとき、下向きの向心力がはたらくのなら、水は落ちてくるのでは?」と疑問に思う人もいるでしょう。しかし実際は、向心力はバケツの中の水の運動の向きを変えるのに使われるため、水はバケツの中に留まったまま円運動を続けることになります。ですから、バケツの回転をゆっくりにすると向きを変える向心力が小さくなり、水は落ちてくるのです。
上のような説明が難しいと感じたら視点を変えて、自分がバケツの中の水といっしょに円運動しているつもりで考えてみましょう。それも難しければ、急カーブ(円周の一部)を曲がる自動車に乗っているのを想像してみてください。自動車が左に曲がるとき、あなたの体はどうなりますか? 右側(カーブの外側)に上半身が傾きますね。
これは、動いている物体には、そのまままっすぐ進もうとする性質「慣性」があるからです(慣性の法則)。自動車が左に曲がろうとしても中にいる人の体はまっすぐ進み続けようとするため、左に曲がるのと同じくらいの大きさで、体を逆方向(右側)に押し返そうとする力が生まれます。すると、その人は引っ張られるように右側に傾くのです。
この慣性力を「遠心力」といいます。バケツの中の水にもどって言うと、バケツといっしょに円運動している水には遠心力がはたらき、同時にバケツの底から押される力もはたらいています。この2つの力がつり合うため、水はバケツの中にとどまります。
ただし、遠心力を感じるのは自動車の中にいる人やバケツの水だけ。遠心力は、外から観測する人には存在しない力です。そのため、遠心力は「見かけの力」とよばれます。
記事公開:2022年12月
監修者:大山光晴
1957年東京都生まれ。東京工業大学大学院修士課程修了。高等学校の物理教諭、千葉県教育委員会指導主事、千葉県立長生高等学校校長等を経て、現在、秀明大学学校教師学部教授として「理数探究」や「総合的な学習の時間」の指導方法について講義・演習を担当している。科学実験教室やテレビの実験番組等への出演も多数。千葉市科学館プロジェクト・アドバイザー、日本物理教育学会常務理事、日本科学教育学会及び日本理科教育学会会員、月刊『理科の教育』編集委員等も務める。