本編「旧石器・縄文・弥生時代には何を食べていた?」には書ききれなかったお話をまとめました。
[お話:角川武蔵野ミュージアム 学芸員 熊谷周三さん、Smile meal 管理栄養士 山根みずえさん]
本編では、角川武蔵野ミュージアムが再現したレシピの中から、旧石器・縄文時代の3つのレシピを取り上げて、当時の人々が食べていた料理や、それらに使われている注目食材の栄養分などを見てきました。ここでは、本編には書ききれなかったお話をQ&A形式でまとめました。本編を読んで「レシピの再現について、もっとくわしく知りたい」と興味をもった人の疑問にも、「昔すぎて、自分には関係ないよ」と感じた人の疑問にも答えます。
本編:旧石器・縄文・弥生時代には何を食べていた?
旧石器・縄文時代の料理はおいしいの?
○おいしいです! 石蒸し焼きはとってもジューシーで、貝スープは本当にうまみがたっぷり。木の実クッキーもほんのり甘く、クセになる味です。当時の人々はもちろん、生き抜くための手段として調理していたのだと思いますが、同時に「おいしい」という感覚もあったんだろうな、そのために調理方法も工夫したんだろうな、と想像しました。(熊谷さん)
○赤ちゃんは、すっぱいものや苦いものを口に入れると「ぺっ」と吐き出してしまいますが、これは「すっぱさ(酸味)=くさっている」「苦味=毒」と、生まれながらに知っているからだといわれています。旧石器・縄文時代の人々は、こうした赤ちゃんの味覚をもったまま大人になって、くさったものや毒のあるものを上手に避けて食べていたのかもしれません。もしかしたら、大人よりも赤ちゃんに近い小学生のみなさんは、旧石器・縄文時代の人々と「おいしい」感覚を分かり合えるかもしれませんね。(山根さん)
どんな調味料を使っていたの?
○塩味を足すときは、海の塩分を利用しました。ただし、武蔵野台地に塩をつくる技術があったかというと、「すでにあった」という意見と「まだ完成されていなかった」という意見があり、海水をそのまま使っていたのかもしれません。
甘味がほしいときは、ふだんは、木の実などの炭水化物が持つ自然な甘さや果物の甘さを味わっていたようです。アマズラという植物からとれる甘味料はあったと言われていますが、わたしたちが使っているような砂糖はありませんでした。「木の実のクッキー」の再現レシピで使ったハチミツも、現在に比べてとても貴重なものでした。(熊谷さん)
○海外の研究で、動物の骨髄から塩分をとっていたという説があります。骨髄には、塩分以外にもたんぱく質やビタミン類、ミネラル類と、たくさんの栄養がふくまれています。もしかしたら、旧石器・縄文時代の日本で暮らした人々も、肉を食べた後の骨をむだなく食べて健康を保っていたのかもしれません。(山根さん)
木の実や果物がとれない季節は、どうしていたの?
○保存する技術を生み出して、備蓄していました。稲作が始まる前の縄文時代は、冬は食べ物がなくておなかを空かせていたとイメージするかもしれませんが、実際は年間を通して一定のカロリーを取れていたようです。ほかの地域との交易も活発で、乾燥させたとちの実からアクを抜く技術は中央高地(長野県、山梨県、岐阜県北部を中心とする地域)から伝わったと考えられています。(熊谷さん)
○果物を乾燥させたドライフルーツは、水分が減った分、同じ重さの生の果物に比べて摂れる栄養の量が増えます。たとえば、日本で古くから食べられてきた干し柿は、干すことで体を動かすエネルギーになる糖質が4倍以上、血や骨をつくるのに必要な鉄、カルシウム、マグネシウムといったミネラルが3~6倍ほどになります※。つまり、果物を乾燥させると、少量で栄養をたくさん摂れるようになるのです。ただし、干し柿の場合、ウイルスから身を守ってくれる働きのあるビタミンCの量は生のものの約1/30まで減ってしまいます。フレッシュな果物を季節を問わずに食べることができたら、旧石器・縄文人はもっと病気に負けない強い体になっていたかもしれないですね。(山根さん)
※ 渋抜き柿と干し柿の栄養成分比較(100gあたり)
渋抜き柿: 糖質 13.6g、カリウム 200mg、カルシウム 7mg、マグネシウム 6mg、鉄 0.1mg
干し柿: 糖質 58.7g、カリウム 670mg、カルシウム 27mg、マグネシウム 26mg、鉄 0.6mg
[出典:文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」]
どのようにレシピを再現したの?
旧石器時代や縄文時代の人々がどのように調理していたかは、さまざまな資料や研究結果から推定するしかありません。遺跡から発掘された資料のほか、武蔵野台地にどのような植物が育っていたか(植生)、地質、気候の研究を活用し、考古学の専門家からアドバイスを受けながらレシピを再現しました。手に入れるのが難しいイノシシやシカの肉は、群馬県の狩猟チームが害獣駆除で捕獲したものを提供してもらい、調理では角川武蔵野ミュージアムのレストランに協力してもらいました。(熊谷さん)
大昔の食べ物が、わたしたちの生活にどう関係するの?
「旧石器時代や縄文時代は大昔だから、わたしたちには関係ない」と思う人もいるかもしれませんが、彼らとわたしたちは生物学的にはほとんど変わりがないと言われています。ですから、わたしたちが「おいしい」と感じるものは、彼らもまた「おいしい」と感じていたのではないでしょうか。再現した3つのレシピは、どれもおいしかったです。このレシピを通じて考古学をより身近に面白く感じてもらえたらうれしいです。
また、これらのレシピからは、「土地と食」が深く結びついていることを感じ取れるでしょう。再現レシピが、自分たちの住む土地の地質・気候や歴史・文化を理解していくきっかけになれば、と考えています。(熊谷さん)
身近な地域の食の歴史を調べよう
武蔵野台地で暮らした人々は、さまざまな食材のおいしさをそのまま味わう豊かな食生活を送っていたのが分かりましたね。
ここで紹介したのは、武蔵野台地を中心とする地域でとれた食材で作った料理ですが、そのほかの地域には、これらとはちがった食材や調理法があるはずです。みなさんも、自分が育った地域の特徴(地質、植生)や遺跡から出土した資料、長く食べられている伝統的な料理について調べてみませんか? 食の歴史を通して、地域の新たな魅力に気づくことができるかもしれません。
記事公開:2022年7月
企画協力
「角川武蔵野ミュージアム」
図書館、美術館、博物館が融合した文化複合施設。館長の松岡正剛氏が世界を読み解く9つの文脈に沿って独自の配架をした「ブックストリート」、博物学者の荒俣宏氏が監修する「荒俣ワンダー秘宝館」、「本と遊び、本と交わる」をテーマにした「本棚劇場」、これら「エディットタウン」をメインエリアとする。また、マンガや多数の出版社のライトノベルが並ぶ「マンガ・ラノベ図書館」や、企画展が開催される「グランドギャラリー」など、松岡館長が提唱する「想像力とアニマに遊ぶミュージアム」として、さまざまな「まぜまぜ」を提供している。建築デザイン監修は隈研吾氏。
■所在地:〒359-0023 埼玉県所沢市東所沢和田3-31-3 ところざわサクラタウン内
■公式ウェブサイト: https://kadcul.com/
山根 みずえさん
管理栄養士、フードコーディネーター、離乳食アドバイザー、妊産婦食アドバイザー。外食チェーンにて店舗運営、食品会社にてサラダやスムージーの開発、健康セミナーの企画・運営に従事。出産を機に子どもの食への興味が高まり、保育園栄養士として、子どもの食育や子育て支援活動に携わってきた。食を通じた地域コミュニティーの形成を目指し、地元で子ども食堂を運営。食べること、作ることの楽しさを伝え、子どもの生きる力を育むとともに、子育て世帯の食の負担を軽くしたいという想いで活動中。
■「Smile meal」公式ウェブサイト:https://www.smile-meal.com/