メニュー閉じる

【専門家が解説】2023年に注目したい7つの「教育トピック」

【専門家が解説】2023年に注目したい7つの「教育トピック」

学習指導要領の改訂、新型コロナウイルス感染症対策、GIGAスクール構想……と、学校教育を取り巻く環境や制度は年々目まぐるしく変化しています。本稿では、2023年に特に注目しておきたい教育トピックを、専門家の解説とともに紹介します!
※2023年1月2日公開

2023年の教育業界の展望を専門家が解説

今回解説いただくのは、教育ジャーナリストの中曽根陽子さん、学研教育総合研究所、探究学習塾エイスクール代表の岩田拓真さん。それぞれの視点から、2023年の教育トピックについてコメントをいただきました。

注目トピック(1)公教育のアウトソーシングで教師負担の軽減へ

公立中学校の部活動を地域のスポーツクラブや文化芸術団体などに移す「部活動の地域移行」が2023年度から段階的にスタート。その背景には二つの目的があります。一つは少子化対策。子どもの数が少なくなってきている地域では、人数が足りず部活動を継続することが難しい学校もあります。もう一つは、教師の働き方改革。休日出勤が常態化している教師の負担を軽減するためにも、2023年春、運動部の土日の活動から地域移行を進めていく方針です。

このような学校現場の負担を地域や民間企業の力を借りて減らしていく動きに注目が集まり、学校教育ビジネスも広がりを見せています。たとえば、「PTA活動の代行サービス」。学校行事の手伝いや広報誌の作成などを代行依頼することができます。学校外で活躍する社会人が自分のスキルを活かして授業を行う「副業先生」も話題になりました。学校外の力の活用が、無理なく継続できる教育の実現につながるかもしれません。

部活動の地域移行に対しては、自治体や学校関係者から「地域によっては指導者や施設の確保が難しい」という指摘のほか、「新たに発生する費用などが保護者の経済的負担になるのではないか」といった懸念が相次ぎました。一部報道では、政府は対応を見直し、来年度は地域の実情を詳しく把握するため調査や研究を行うことになったと報じられましたが、永岡桂子文科相は「2023年度からスタート」と閣議後会見で明言。予定通り進める意向を改めて明らかにしました。しかし、完了時期については地域の実情に応じて対応していくとしています。

教師の働き方改革の観点から部活動を学校から切り離す方向で検討が進められていますが、ただ部活動だけを学校から切り離しても、それで教師の仕事が楽になるかというとそう単純な話ではないはず。また、「地域移行する」「地域で子どもを育てる」というと聞こえがよいですが、「環境をどう担保するのか」「子どもたちに何を施すのか」という観点も欠かせません。指導者の育成も同時に行う必要があるでしょう。

課題の解決が一筋縄でいくものでないのは自明の理です。そもそもなぜ教師が多忙になっているのか、部活動のアウトソーシングだけでなく、教師の労働時間を正確に把握する、業務そのものを減らすなど、多面的に対応していく必要があるのではないでしょうか。

注目トピック(2)期待がかかる“次世代の学び”

学びの場も、学ぶ内容も、従来の枠に捉われない“次世代の学び”のあり方に注目が集まっています。インターネット上の仮想空間「メタバース」を利用した教育もその一つ。宇宙旅行やタイムトリップなど現実では不可能な体験ができることも大きな魅力ですが、さまざまな理由により学校に通うことができない子どもの新しい学びの場・居場所としての活用も広がりつつあります。たとえば、東京都教育委員会は支援が必要な子どもを対象とした「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム」を開始。仮想空間上でアバターを用いて友だちと会話したり、オンライン支援員に相談したりすることができます。

アントレプレナーシップ(起業家精神)教育」も次世代の学びを語るうえで見逃せないトピック。起業体験や起業家による出前授業などを通して起業家精神に触れることが、挑戦する姿勢や自由な発想力などの育成につながると期待されています。

岸田首相肝いりのスタートアップ育成5か年計画を受けて、今後もアントレプレナーシップ教育は推進されていくと考えられます。これは「起業家になるための教育」ではなく、「自分の興味・関心を探究し、社会に対してアクションを起こしていくための教育」として位置付けられていく可能性が高いでしょう。つまり、全く新しい学びの追加ではなく、あくまで今推進されている探究学習の延長線上にあるということです。

また、コロナ禍で教育現場のデジタル化が一気に進みましたが、これからは「メタバース」の教育現場での活用も増えていくでしょう。私が可能性を感じているのは、危険物質を扱う実験や、宇宙や深海の探検、歴史的出来事の追体験など「現実世界では取り扱えない」学習領域での活用。新たな教材開発にも注目です。

注目トピック(3)GIGAスクール構想、集大成へ

GIGAスクール構想」により一人一台端末や高速通信ネットワークなどのICT整備が進み、タブレットやパソコンを活用した授業が定着しつつあります。デジタル教科書はすでに利用を始めている学校もありますが、2024年の教科書改訂に合わせて導入が本格化する見込みです。テクノロジーを使いこなせるようになるだけではなく、一人ひとりの個に応じた学びの実現にもつながるでしょう。

大ヒットゲームシリーズ「桃太郎電鉄」の教育版や、オンライン学習サービス「スタディサプリ」と教育機関向けの学習管理プラットフォーム「Studyplus for School」のデータ連携など、学校現場向けに続々と開発される新サービスからも目が離せません。

GIGAスクール構想の一環として2018年に始まった「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画」は、2020年の新型コロナウイルス感染拡大による臨時休校などをきっかけに前倒しに。2021年度内に98.5%の自治体などで義務教育段階における一人一台端末の整備が完了しました。2023年は学習者用デジタル教科書本格導入の前年。デジタル庁の教育データ利活用ロードマップでは、各種教育分野のプラットフォームの社会実装の開始や、オンライン上で学習やアセスメントができるプラットフォーム「文部科学省CBTシステム(MEXCBT:メクビット)」の全国展開が予定されています。GIGAスクール構想集大成の年になるのではないでしょうか。

今後、校務のデジタル化による学校の負担軽減、教育データの標準化に向けたプラットフォームの整備も進んでいくでしょう。その一方で、配備されたタブレットのリプレイスや民間企業との連携のあり方などの課題も十分に検討されていく必要が。高校では不足している情報科教師の確保も急がれています。

注目トピック(4)新たな評価軸「ルーブリック」

2010年以降、グループワークやディスカッションなどを通して子どもが自ら学びに向かう「アクティブ・ラーニング」が浸透してきました。しかし、こうした活動はテストのように数値で評価しにくいという問題も。そこで今、一部の中学や高校、大学などで導入され始めているのが「ルーブリック評価」です。

ルーブリックとは、評価項目ごとに達成レベルが設定された評価基準表のこと。活用のポイントは評価基準にどのような行動や発言が評価されるかを示し、それを子どもにも事前に確認させること。そうすることで、教師は客観的に子どもを見ることができ、子どもも「何ができるようになればよいのか」を意識して学びに向かうことができます。評価後の子どもや保護者の納得感にもつながるのではないでしょうか。

ルーブリックは点数化することが難しい「姿勢」や「スキル」を、一定の根拠を持って診断できる優れた評価方法。教師が子どもを評価する場面だけではなく、自分の行動を自ら振り返って内省する「自己評価」や、グループワークを通じた学びの中でお互いの貢献や課題をフィードバックし合う「相互評価」のためのツールとしても有効です。

また、評価して終わりではなく、評価を踏まえてどのように行動を改善したらよいか考えることで自己成長につながるのが最大の特徴。従来のテストによる一方的な評価と同じように捉えて使用することのないよう、注意が必要です。

注目トピック(5)こども家庭庁が発足

教育分野は文部科学省、医療分野は厚生労働省のように別々に対応されてきた子どもに関する政策が、2023年、新しく設置される予定の「こども家庭庁」に一本化されます。

子どもの権利を大切にし、その健やかな成長を支えていくことを目的としているこの省庁。いくつかの新たな政策にも注目です。たとえば、子どもの居場所づくり。家庭や学校では安心できないという子どものために、児童館やこども食堂などの「第三の居場所」を充実させていく計画です。

また、子どもを性犯罪から守る「日本版DBS」や、子どもの死亡事故を防ぐために死因を究明する「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」など、子どもの安全を守る制度の導入も検討されています。

いじめや虐待の増加、少子化に歯止めがかからない状況を受けて、いじめ・虐待の防止や子どもの生活環境の整備、妊産婦のサポートなどに力を入れるとして「こども家庭庁」が創設されます。内閣府と厚生労働省から子育てに関わる部門が移管され、300人規模の職員を配属。子どもの育成については保育の面から長年「幼保一元化」が目指されてきたものの、その課題はいったん見送り、子育て家庭と子どもの安全で安心な生活環境の整備に注力する方針です。

子どもの声を直接収集する仕組みや、地方自治体や民間企業との連携、人材交流も検討中。今後、施策の実効性が注目されています。

注目トピック(6)「ウェルビーイング」の概念、教育現場でも

2020年、ユニセフの調査で、日本の子どもの精神的幸福度が38か国中ワースト2位となったニュースに衝撃を受けた方も多いのではないでしょうか。そんな中、文部科学省の教育再生実行会議では、ポストコロナの新たな学びのあり方として「ウェルビーイング(Well-being)」の実現が掲げられました。

ウェルビーイングとは、「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、全てが満たされた状態にあること」。この言葉が使われている背景には、個人の幸せだけではなく、社会全体が持続的によい状態であることを目指したいという思いがあるようです。しかし、ウェルビーイングは国や地域などの文化的な背景や価値観によって捉え方が異なります。文部科学省では、日本型ウェルビーイングでは人とのつながりなどに満足感を得る「協調的な幸福感」を重視するとして検討が進められています。

OECD(経済協力開発機構)による「Education 2030」というものがあります。注目したいのは、その学びの目的地が「ウェルビーイング」であるというところ。自分自身、そして社会のウェルビーイングを実現するために、自ら行動できる意志を持った人を育成することが世界の教育の目標になっているのです。

中央教育審議会でも「ウェルビーイングをどう実現していくか」についての議論が進行中。次の学習指導要領にはウェルビーイングという言葉が入ってくるかもしれません。その一方で、日本人の幸福度や子どもたちの自己肯定感の低さは度々話題になっています。たとえ日本と世界の幸福感が違うとしても、日本の子どもたちがよい状態にあると言えないことはさまざまなデータからも明らかです。

世界では、ウェルビーイングを高めるための「ポジティブ教育」が現場に導入され、それによって学力も高まったという結果が出ています。ポジティブ教育は、まず教師が学び、それを子どもたちに伝えていくというところが特徴。つまり、大人自身がよい状態にあることが、子どもたちの成長にも大きな影響を与えているのです。日本の教師は貢献を強いられ、自分自身を大切にすることがおざなりになっていた面があると思います。子どもを幸せにするためにも、まずは大人が自分自身を大切にすることから始めたいですね。

注目トピック(7)STEAM教育など教科横断的学習のさらなる推進

IT化やAIの発展が進む中、テクノロジーに代替されない力を育む教育が探求され続けています。STEAM教育もその一つ。STEAMとは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、人文社会・芸術(Arts、Art)、数学(Mathematics)の5つの頭文字からの造語。これら5つの分野を掛け合わせ教科横断的に学ぶことで、問題解決能力や創造力などを育むことを目指します。

STEAM教育に欠かせないICT環境が整いつつある今、これまで以上に実現に向けた動きが活発になっています。

STEAM、探究、プログラミング……。言葉が先行した感はありますが、2023年は考える間もなく教育現場に入ってくると考えられます。それは、2021年に出された「科学技術・イノベーション基本計画」での日本が目指す未来、「Society5.0」の実現につながるため。社会構造が目まぐるしく変化し、既存の枠組みでは解決できない課題が生じる中、これらを解決し、未来をつくっていく人材の育成は待ったなし。俯瞰的な視野や総合知、それを活用できる力を育むためにも、STEAM教育を通してホンモノに触れる経験を積み重ね、感性や感覚を磨くことや、プログラミング的な思考や手法を使って、探究的な学びを深めていくことが欠かせません。

学校現場でSTEAM教育を実践するには指導者不足が懸念されていますが、経済産業省が主導する「STEAM Library」のようなコンテンツも登場しています。さまざまな課題はありますが、2023年は好奇心や体験・経験、感性・感覚が大切にされた、学びの年になるのではないでしょうか。

<関連記事>【専門家と振り返る】押さえておきたい2023年の「教育トピック」まとめ

<関連記事>【専門家が解説】2024年に注目したい7つの「教育トピック」

解説者プロフィール

中曽根 陽子さん

中曽根 陽子(なかそね ようこ)さん
教育ジャーナリスト。マザークエスト代表。小学館を退職後、「お母さんと子ども達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱するほか、子育てのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」を運営。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある。

学研教育総合研究所

学研教育総合研究所(がっけんそうごうけんきゅうじょ)
2005年、学研ホールディングスの前身である㈱学習研究社創立60周年を記念して設立。子どもたちと直にふれ合いながら、学校現場との話し話し合いや、研究機関・大学研究者や文部科学省ほか各省庁と多くの接点を持って得た貴重な経験の数々を活動の基礎にしている。毎年公開している『小学生白書シリーズ』では、幼児から小学生、中学生、高校生を対象とした大規模なアンケート調査によって子どもたちの生活や嗜好、学びの実態などのデータを収集。時代とともに変化する子どもたちの「いま」を伝えている。

岩田 拓真さん

岩田 拓真(いわた たくま)さん
株式会社エイスクール(a.school)代表兼クリエイティブ・ディレクター。成績アップや受験合格のためではなく、子どもの興味関心を広げて深める「探究学習」に特化した学習塾エイスクールを2014年に開校。探究学習プログラム「なりきりラボ」「おしごと算数」(グッドデザイン賞受賞)を全国50以上のパートナー校で提供している。経済産業省や神奈川県をはじめ、さまざまな行政や企業とのコラボレーションも多数あり、新しい学びを作り出す次世代型教育企業として注目を浴びている。著書に『おしごと算数ドリル』(学研プラス)『勉強しなさい より 一緒にゲームしない?』(主婦と生活社)。

学研キッズネットでは2022年の教育トピックの振り返りも行っております。ぜひそちらの記事もあわせてご覧ください。

専門家と振り返る「2022年の教育トピック」

文/富田愛理

PAGETOP