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【専門家と振り返る】押さえておきたい2023年の「教育トピック」まとめ

【専門家と振り返る】押さえておきたい2023年の「教育トピック」まとめ

2023年も教育に関わるさまざまなニュースや制度改革がありました。その中から、特に注目しておきたい教育トピックを専門家の解説とともに振り返ります!

2023年の教育業界の注目トピックを専門家と振り返る

今回解説いただくのは、教育ジャーナリストの中曽根陽子さん、学研教育総合研究所、探究学習塾エイスクール代表の岩田拓真さん。それぞれの視点から、2023年の教育トピックについてコメントをいただきました。

注目トピック(1)教員の労働環境や教員不足が大きなニュースに

教員の長時間労働や深刻な教員不足を受けて、2023年8月に中央教育審議会の特別部会が教員の働き方についての緊急提言を公表。それを受けて文部科学省は、教育委員会や学校で必要な方策などを整理し、各自治体と教育委員会に通知を出しました。

通知では、たとえば、教員の業務負担を軽減するために給食費の徴収・管理を地方公共団体の事務とすることや、放課後の見回りを含めた非行防止対策は警察との連携を強化することなどを求めています。

また、経済協力開発機構(OECD)の報告書により、日本の教員の給与がほかの加盟国の平均を下回ったことも大きなニュースとなりました。教員採用試験の受験者数の減少する中、教職の魅力をいかに高めるべきか、多方面からの検討が欠かせません。

直近の調査でも、自宅への持ち帰り業務を含めた公立学校教員の月平均の残業時間は96時間と、「過労死ライン」とされる月80時間を超える水準が依然として続いていることが明らかとなりました。実際、先生方に取材をすると、勤務時間中ほぼ休憩なく働いておられ、毎日が綱渡り状態だとの声が多く聞かれます。

その要因のひとつとして、日本の教員は海外と比較しても、事務処理や課外活動など必ずしも教師が担う必要のない業務に多くの時間をとられていることが挙げられています。こうした状況では、授業準備などに時間をかけられず授業の質が低くなったり、子どもと触れ合う時間がとれず、子どもの様子を把握したり信頼関係を築いたりすることが難しくなるといった懸念もあります。

教育は子どもたちの未来を創る大切な仕事で、国の未来にも大きな影響を与えます。その重責を担う先生方が心身ともに健康でいられない状況のままでは、子どもたちが幸せになれるはずありません。

いまや教育改革の1丁目1番地は、教育の中身以前に、先生が心身ともに健康に働ける環境を整え、やりがいをもって仕事ができるようにすることと言っても過言ではありません。

注目トピック(2)不登校児童生徒数が過去最多に

文部科学省の調査によると、小・中学校における不登校児童生徒数は10年連続で増加し、過去最多の29万9048人となりました。主な要因としては「無気力・不安」がもっとも多く、次いで「生活リズムの乱れ・あそび・非行」となっています。背景には長引くコロナ禍が影響しているとの指摘もあります。

こうした状況を受けて、文部科学省は「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLOプラン)」を公表。不登校児童生徒の学びの場の確保や、心や体調の変化の早期発見などの支援の強化により、不登校により学びにアクセスできない子どもをゼロにすることを目指しています。

また、小・中・高校などで認知したいじめ件数も68万1948件と過去最多となりました。

不登校には多様な要因があり、その状況やニーズもさまざまです。しかし、これまでの不登校対策は、その多様性に対応することができていませんでした。たとえば、いじめ、家庭内の問題、コロナ禍による影響、学習進度や発達に関連する問題など、それぞれの要因に配慮した対応が求められています。

日本では、「不登校」という言葉から、「何らかの理由で登校できない」状況をネガティブな意味合いで捉えられることが多いのではないでしょうか。しかし、国際的には「不登校」という言葉はあまり用いられておらず、ホームスクーリング(自宅教育)、アンスクーリング(非学校教育)、オルタナティブ教育(代替教育)などの概念が主流となっており、学校に通わないスタイルの学びも十分に正当な選択であるとの認識が示されています。

今年、文部科学省は「不登校特例校」の名称を「学びの多様化学校」に変更しました。これは単なる名称の変更ではなく、子ども一人ひとりに適した多様な学びの機会を保障し、教育や学校に対する社会的認識を変革するためのものです。今後、「学びの多様化学校」は全国で300校の設置を目指しています(※記事執筆時点では24校)。この目標の達成には、多様な学習機会を提供するための具体的な制度設計や、効果的なモデル校の開発が重要となるでしょう。

注目トピック(3)地域人材を活用した「部活動改革」始まる

教員の負担軽減や、少子化により難しくなった部活動の継続をサポートするために、公立中学校の部活動を地域のスポーツクラブや文化芸術団体などに移す「部活動の地域移行」を段階的に開始。今年度より、運動部の休日の部活動から地域連携・地域移行を進めています。

文部科学省は、子どもたちがスポーツ・文化芸術活動に親しむ機会や、今の子どもたちのニーズに応じた活動を確保するためにも、都道府県・市町村レベルでの推進体制の整備と、地域の実情に応じた検討が不可欠であるとしています。

2022年に「部活の地域移行」のガイドラインが公表されましたが、「3年間で移行」としていた目標はかなり難しいという声も多く、賛否を呼びました。そこで2023年度は、「可能な限り早期の実現を目指す」と改められ、最初の3年間は改革推進期間として位置づけられました。

今年度は約340の自治体がモデル事業に取り組みながらそれぞれの地域に応じた移行スタイルを模索しており、来年度は、約500の自治体の参加が見込まれています。受け入れ先の確保や、参加する生徒や支援者の活動場所への移動手段など、今後も環境や体制のあり方が問われるでしょう。なお、スポーツ庁はこの実証を検証する検証会議を発足させると発表しています。

急速な少子化により学校ごとの部活が成り立たない状況や、休日の指導や引率といった教員の長時間労働問題などを背景にスタートした部活の地域移行ですが、順位だけではない目標・目的の設定や、学校単位から地域単位へ、といった今までの当たり前にとらわれない新しい部活のあり方を考える転換点となるでしょう。

注目トピック(4)生成AIの教育利用、文部科学省が暫定ガイドラインを公表

ChatGPTに代表されるAI(人工知能)の利用が広まる中、教育現場においてもこの新しい技術の取り扱い方についてさまざまな意見が出ています。そこで、文部科学省は2023年7月に初等中等教育における生成AI活用についての暫定的なガイドラインを公表。利用が効果的かどうかを判断するための考え方や、誤った情報の活用や著作権侵害などを防ぐ情報活用能力の育成強化など、生成AIを教育現場で利用する上での方向性や留意点をまとめました。

また、2023年9月には国連教育科学文化機関(ユネスコ)も教育における生成AIのガイダンスを公表。利用年齢を13歳以上に制限することを推奨しています。

文部科学省が公表したガイドラインでは、「⽣成AIが、どのような仕組みで動いているかという理解や、どのように学びに活かしていくかという視点、使いこなすための⼒を意識的に育てていく姿勢が重要」としながら、「現時点では活⽤が有効な場⾯を検証しつつ、限定的な利⽤から始めることが適切である」として慎重な姿勢を示しています。新しい技術が出てくれば、その取り扱いについてさまざまな懸念が出てくるのは当たり前です。しかし、いまや情報技術の活用なしに私たちの社会は成り立ちませんし、その進化のスピードも加速しています。とにかく使いながらその都度課題を検証していく姿勢が必要です。

現時点で考えられるリスクや著作権の問題など情報活用のリテラシー教育はもちろん欠かせませんが、完璧を目指してもキリがありません。大人も初めて経験することが増えていくのですから、まずは使ってみること。そして、AIを活用しながら、出してくる情報をうのみにせず、それを活用して自分なりの解を見つけていく力を育てていくことが大切ではないでしょうか。

【関連記事】学校教育で生成AIを利用するメリット/デメリットとは?

注目トピック(5)給食業者の倒産相次ぐ、「安い給食」がピンチ

2023年は学校給食などを提供するホーユー(広島市)が経営破綻に陥るなど、給食業界が危機に直面しました。その主な原因は、給食費が横ばいのまま材料費や光熱費が高騰するなどして経営が悪化したこと。

ほかの給食事業者も例外ではなく、帝国データバンクの調査によると、2022年度には給食事業者の 3 割が「赤字運営」となり、 2023年10月までに17件の給食事業者が倒産したことがわかりました。

給食業界の危機の背景には、原油価格の高騰、円安、ロシア・ウクライナ情勢の影響による食材費や人件費、光熱費など幅広い運営コストの高騰があります。これにより、給食業者の経営環境は年々厳しさを増しています。

そんな中、特に問題となっているのが学校給食の入札制度。多くの場合、「一般入札」と呼ばれる最安値での契約が行われており、これが低価格競争を常態化させています。人件費や食材費を事前に高く見積もることは難しく、根強い「安い給食」への期待が値上げへの障害となっているのです。

給食サービスの停止は子どもたちの生活に大きな影響を与える可能性があります。その重大さを認識し、価格以外の要素を考慮して業者を選定する「プロポーザル方式」の導入や、補助金によるコストサポートを行う自治体も出てきています。

単なる低価格競争から脱却し、給食業者が持続可能な利益を生み出せる、柔軟な価格設定が可能な制度への変革が、学校給食という重要な「食のインフラ」を守るために不可欠でしょう。

注目トピック(6)子ども関連政策の司令塔となる「こども家庭庁」が発足

2023年4月、厚生労働省や内閣府が担っていた子ども関連部局が統合され、「こども家庭庁」が発足しました。こども家庭庁では、すべての子どもや若者が将来にわたって幸せに生活できる「こどもまんなか社会」を目指すことを理念としています。

その実現に向けて、これまで別々に作成・推進されてきた大綱を「こども大綱」に一本化。策定には、大学生や子育て当事者が委員として参加する子ども家庭審議会が関わり、今後5年程度を見据えた方針や重要事項を明示。子ども・若者のライフステージに応じた支援の必要性が強調され、貧困対策や障害児支援などの重視を求めているほか、子どもや若者、子育て当事者などの声を聞くことの重要性を改めて確認しています。

今年6月、2022年度の日本人出生数が1899年以降過去最低の77万人台だったとの発表がありました。厚生労働省からは、その背景にコロナ禍の不安が影響したという見立てもありましたが、いずれにしても、安心して子育てできる環境の充実は必至でしょう。

また、2023年は、いじめ認知件数や不登校児童生徒数が増え続けている状況を受けて、「子どもの居場所」に関する議論、取り組み、提案などが注目された年でもありました。いじめの長期化・重大化防止の仕組みづくりも省庁横断で始まっています。その意味では、子どもにとってのウェルビーイングを真剣に考えなければいけない、今がまさにターニングポイントなのではないでしょうか。

「こども大綱」をめぐっては、年末に政府がまとめた数値目標についての報道もありました。概ね5年後までに「政策に関して意見を聴いてもらえている」と思う子ども・若者の割合を2023年調査時の20.3%から70%に引き上げる――といった12の数値目標を掲げています。この先もしっかり注視していくことが必要でしょう。

注目トピック(7)まったく新しいコンセプトの学校「神山まるごと高専」誕生

2023年4月、徳島県神山町に開校した全寮制私立の高等専門学校「神山まるごと高等専門学校」。デザインとテクノロジー、アントレプレナーシップ(起業家精神)を学ぶ独自カリキュラムで、卒業生の4割が起業することを目標に掲げています。

学費を無償化するために民間企業11社から100億円規模の基金を集めたことなどでも話題となり、初年度の倍率は、なんと9倍に。開校後も、ChatGPTの導入や、起業家や経営者を招いてのディスカッションなどの先進的な取り組みに注目が集まっています。

近年新しい教育を模索するうねりがあちこちに起こっていますが、こちらの学校もそのひとつ。特に私が注目するのは、次の3つ。

まず、「モノをつくる力で、コトを起こす」という理念のもと、考えるだけでなく実際に社会にインパクトを与えるプロダクツを生み出す力を育むという点。次に、経営者やクリエイター、企業で働くプレイヤーやアーティストなど、起業家精神あふれる大人たちと直に触れ合える点。そして、全寮制で神山という自然豊かな地域の中で寝食を共にしながら人間力を育てるという点です。

これらはまさにこれからの教育のあり方を示しており、壮大な実験を行う学校と言ってもよいでしょう。実際にここで5年間を過ごした若者たちが、どんなモノやコトを生み出していくのか楽しみです。

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解説者プロフィール

中曽根 陽子(なかそね ようこ)さん
教育ジャーナリスト。マザークエスト代表。小学館を退職後、「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエイティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱するほか、子育てのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」を運営。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある。

学研教育総合研究所(がっけんそうごうけんきゅうじょ)
2005年、学研ホールディングスの前身である㈱学習研究社創立60周年を記念して設立。子どもたちと直にふれ合いながら、学校現場との話し合いや、研究機関・大学研究者や文部科学省ほか各省庁と多くの接点を持って得た貴重な経験の数々を活動の基礎にしている。毎年公開している『小学生白書シリーズ』では、幼児から小学生、中学生、高校生を対象とした大規模なアンケート調査によって子どもたちの生活や嗜好、学びの実態などのデータを収集。時代とともに変化する子どもたちの「いま」を伝えている。

岩田 拓真(いわた たくま)さん
株式会社エイスクール(a.school)代表兼クリエイティブ・ディレクター。成績アップや受験合格のためではなく、子どもの興味関心を広げて深める「探究学習」に特化した学習塾エイスクールを2014年に開校。探究学習プログラム「なりきりラボ」「おしごと算数」(グッドデザイン賞受賞)を全国50以上のパートナー校で提供している。経済産業省や神奈川県をはじめ、さまざまな行政や企業とのコラボレーションも多数あり、新しい学びを作り出す次世代型教育企業として注目を浴びている。著書に『おしごと算数ドリル』(Gakken)『勉強しなさい より 一緒にゲームしない?』(主婦と生活社)。

文/富田愛理

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