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【専門家が解説】2024年に注目したい7つの「教育トピック」

【専門家が解説】2024年に注目したい7つの「教育トピック」

本格始動予定のデジタル教科書から議論が続く給特法改正案まで、2024年に特に注目しておきたい教育トピックを専門家の解説とともに紹介します!
※2023年12月27日公開

2024年の教育業界の展望を専門家が解説

今回解説いただくのは、教育ジャーナリストの中曽根陽子さん、学研教育総合研究所、探究学習塾エイスクール代表の岩田拓真さん。それぞれの視点から、2024年に注目したい教育トピックについてコメントをいただきました。

注目トピック(1)デジタル教科書が本格導入

2019年にスタートした文部科学省の「GIGAスクール構想」も4年目となり、1人1台のデジタル端末配備も実現。各自治体のICTの取り組みにはまだ温度差がありますが、デジタル教科書が2024年度からいよいよ本格導入されます。

まずは小学校5年生から中学校3年生の「英語」で先行導入され、算数・数学、その他の教科については、学校現場の環境整備や活用状況などを踏まえ段階的に提供される予定です。

デジタル教科書の導入によって期待されることのひとつとして、「個別最適な学び」が進み、「主体的な学び」へつながっていくことが挙げられます。たとえば英語の授業では、今までは教師の範読やCD再生などによって行われていた音読の一斉練習が、デジタル教科書の活用により自分のペースや理解度に応じて練習できるようになるでしょう。

当たり前ですが、ICTやデジタル教科書を導入すればすぐに結果が出るというわけではありません。効果的な利用方法や家庭での活用を踏まえて検討された指導案などが求められるでしょう。せっかくの良い機会ですから、学校現場だけに任せるのではなく、家庭や自治体、民間企業の力なども上手に活用しながら新しい学びを支援していきたいものです。

注目トピック(2)給特法改正案、2024年度中の提出へ

「給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)」とは、日本における公立学校の教育職員の給与や労働条件を定めた法律で、1971年に制定されました。給特法の問題点は、教育職員が長時間の時間外勤務をしているのにもかかわらず正当な対価を受け取れていないところにあります。具体的には、給料月額の4%分が「教職調整額」として上乗せ支給される代わりに、時間外勤務に対して超勤手当が支払われません。

この“定額働かせ放題”が教員の長時間労働を助長しているとして、2023年3月に高校教諭らによる「有志の会」が法律廃止を求める約8万人分の署名を文部科学省に提出。8月には日本労働弁護団が意見書で給特法廃止などを求めました。

政府は6月、教職調整額を10%に引き上げることなどの対応を提案し、「2024年度中の改正案の国会提出を検討する」としましたが、有志の会や弁護団からは「それでは働き方は改善されない」との声も。今後も議論が続くことが予想されます。

給特法策定当時は、(1)児童生徒の実習や校外学習の業務、(2)修学旅行などの学校行事に関する業務、(3)職員会議などに関する業務、(4)非常災害などのやむを得ない業務の4つ以外の時間外勤務は原則として禁じられていたこともあり、そこから超過勤務時間は「月8時間」と算出されました。しかし、現状は教師の仕事は多岐にわたり、月単位に換算すると70時間程度の残業をしているなど、当時とは状況が明らかに変わっています。

学校現場の過酷な勤務実態が続々と明らかになる中、その対策のひとつとして、政府は給特法改正案を2024年度中に提出すると表明しました。改正の大きな論点となっているのは、給特法そのものを廃止するのか、見直しをして教職調整額の引き上げなどをするのかという点です。

今後、教員の給与や勤務時間がどのように変わっていくのかは、日本の教育の質そのものに大きく影響するでしょう。教師のウェルビーイングを高め、ひいては子どもたちのウェルビーイングを高めるためにも、実効性のある議論が待たれます。

注目トピック(3)性犯罪対策で議論が進む「日本版DBS」

こども家庭庁は、子どもに対する性犯罪・性暴力を未然に防ぐために「日本版DBS」導入の検討を進めています。これは教員など子どもと関わる仕事に就く前に性犯罪歴がないことを確認する仕組みで、すでにイギリスで導入されています。

同庁は7月、「こども・若者の性被害防止のための緊急対策パッケージ」も公表。現在の課題やその解決のために今後実施していくべき具体的な施策などが取りまとめられました。

イギリスの「DBS(Disclosure and Barring Service)」は、子どもに関わる職業で応募者の前科の有無を確認する制度であり、雇用主が応募者の重罪歴や保護観察状態を検証することができます。日本では、学校や塾での子どもへの性的被害が問題視される中、類似の制度の導入が検討されています。

しかし、日本でのDBS導入には独自の課題が存在します。学校や保育所と異なり、民間の学習塾やスポーツクラブは比較的容易に設立が可能で規制も緩いため、DBSを介して得られる前科者情報が不正に利用されるリスクがあるのです。

子どもたちの安全を第一に考えるのはもちろん、制度導入にあたっては学校や民間教育事業者における個人情報の適切な管理と運用が重要となります。社会実装を急ぐあまり大きな抜け穴が残ることのないよう、慎重な検討や試験運用がなされることを期待しています。

注目トピック(4)学びの質が変わる? 大学入試で「総合型選抜」増加

かつて大学入試は、主に学力検査によって合否を判定する「一般選抜」が一般的でしたが、近年は高校での成績や活動実績をもとに選考する「学校推薦型選抜」や、以前は「AO入試」と呼ばれていた自己推薦で出願できる「総合型選抜」を実施する大学が増えています。

表1は、令和5年度の国立大学、公立大学、私立大学の入学者が、どの選抜方式の入試で入学したかを整理しています。私立大学の入学者は、一般選抜が約4割。残りの6割は学校推薦型選抜と総合型選抜です。一方、国立大学の入学者は、一般選抜が8割以上、残りの2割が学校推薦型選抜、総合型選抜となっています。

これらの選抜方法の変化を平成30年と比較してみると、図2のようになります。いずれも一般選抜が減り、学校推薦型選抜に大きな変化はなく、総合型選抜が増加していることがわかります。この傾向はこの10年近く変わっておらず、ここしばらくは同じような傾向が続くと考えられます。

表1:令和5年度の選抜方式別入学者数割合
(令和5年度国公私立大学入学者選抜実施状況(文部科学省)から作成)
表2:平成30年度と令和5年度の選抜方式別入学者数割合比較(令和5年度国公私立大学入学者選抜実施状況(文部科学省)から作成)

学校推薦型選抜や総合型選抜では、入試のための準備よりも、大学が掲げる「アドミッションポリシー」を意識して学ぶことが大切で、今後、この傾向はますます強くなっていくでしょう。

一般選抜においても、問われる内容が大きく変わってきています。このことは大学入学共通テストの試験問題を見ても明らかで、たとえば、令和5年度の英語のリーディングテストでは英単語や熟語のような問題は姿を消し、さまざまな分野の長文を短時間で読んで内容を把握する力を測るような問題が出題されました。

変化の大きな時代の中で、求められる力も変わってきています。大学入試のスタイルも、そうした力を見るための方法、問題に変わっていくでしょう。

注目トピック(5)活用か規制か、進歩する生成AI

文章や画像などさまざまなコンテンツを生成できるAI(人工知能)技術は、2022年から2023年にかけて目覚ましい速度で進化しました。教育現場での利用に関しても注目が集まる中、文部科学省は2023年7月に「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を公表。生成AIを教育現場で利用する上での方向性や留意点をまとめています。

2024年はさらに技術が進歩することが予想され、教育現場や家庭おける活用法や課題について、よりいっそう議論が進みそうです。

学校教育の現場では、特にテキスト生成AIへの関心が高まっていますが、生成AIの範囲はこれに限らず、画像生成、動画生成、音声生成といった多様な形態が存在します。技術進化のペースは速く、この先どのような新技術が登場するかは予測しにくい状況です。

文部科学省が暫定ガイドラインを公表しましたが、トップダウン型のアプローチには限界があります。今後、ガイドライン策定中に技術が大きく変わる可能性や、ガイドラインの完成を待つ間に実際の教育現場での対応が遅れることも懸念されます。

こうした状況において重要なのは、各教員が先端技術に対するリテラシーを高め、新しい技術を実験的に活用する能力を育むこと。技術の利点だけでなく、潜在リスクを考慮し批判的に分析する力も求められます。

また、こうした答えのない問題に協力的に取り組む組織文化を、学校現場で構築していくことも重要です。ガイドラインのみに頼るのではなく、変化に柔軟に対応できるボトムアップ文化の確立が、これからの教育現場での成功の鍵となるでしょう。

【関連記事】学校教育で生成AIを利用するメリット/デメリットとは?

注目トピック(6)教育振興基本計画に「ウェルビーイング」が明記

2023年6月、政府が新たな教育振興基本計画を閣議決定。そのコンセプトとして「2040年以降の社会を見据えた持続可能な社会の創り手の育成」とともに掲げられたのが、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」です。

ウェルビーイングとは身体的・精神的・社会的に良い状態であることを表すもので、短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義など将来にわたる持続的な幸福を含む概念です。現在、国際的にも注目されている考え方ですが、その背景には、経済先進諸国において、経済的な豊かさのみならず、精神的な豊かさや健康までを含めて幸福や生きがいを捉えることが重視されてきていることがあります。

また、子どもたちのウェルビーイングを高めるためには「教師をはじめとする学校全体のウェルビーイング」が欠かせないことも強調されました。

不登校やいじめ、貧困など、子どもたちの抱える困難が多様化・複雑化する中、教育においても一人ひとりのウェルビーイングの確保が必要です。

1点、私が気になっているのは「日本発の調和と協調に基づくウェルビーイングを発信」という文言が盛り込まれていることです。これは一見美しい言葉ですが、同調圧力を助長する言葉にもなりかねません。実際会議でも指摘があったようで、「『同調圧力』につながるような組織への帰属を前提とした閉じた協調ではない」という文言が追記されましたが、誰にとっても真にウェルビーイングな社会を実現していくためには、何よりも一人ひとりが尊重されることが欠かせません。それは児童生徒も教師も同じです。

今後5年間、この計画に基づき具体的な教育政策がつくられていきます。真のウェルビーイングが教育現場にも浸透していくように、どのような具体的な施策がつくられていくのか注目していきましょう。

注目トピック(7)変わりつつある「読書」の現在地

社会的には電子書籍もだいぶ普及してきたと思われる昨今、子どもの読書事情にも変化は出てきたのでしょうか。学研教育総合研究所が毎年行っている調査でも「読書」は重要な指標のひとつとしてデータを取り続けています。

学研教育総合研究所が毎年実施・公開している「小学生白書」では、子どもたちの日常生活や学習、将来つきたい職業、習い事など、さまざまな調査資料をまとめています。その調査項目のひとつである「読書量(冊数)」について、これまでは対象を「本(まんがを除く)」としていましたが、この2023年の調査より「紙の本」「まんが」「電子書籍」それぞれについて調査することにしました。

「月の平均読書量(冊数/まんがを除く)」は、これまで毎年過去最低を更新し続けてきましたが、今回の調査では昨年の2.8冊から4.0冊に増えました。また、電子書籍での読書は0.6冊/月という結果でした。読書に関しては、紙媒体で読むほうが取り組みやすく、一般的と言えそうです。物語などを読んで、前のページに戻って確認したりするためには、まだまだ紙の本のほうが扱いやすいのでしょう。一方、1人1台端末となったことで、これまで文字や文章の読みにくさを感じていた子どもたちは電子書籍を通じて新たな世界を知ることになるかもしれません。であれば、電子書籍には紙の本と違う価値や役割が求められ、そのメニューが増えることは喜ばしいことと言えるのではないでしょうか。今後はさまざまなツールで読書ができる環境を考えることが必要と思われます。

また、電子書籍が読まれるようになっていくと、調査においても「冊数」ではなく「何話読んだ?」と聞く必要が出てくるかもしれません。子どもたちがどんな環境で読書しているのかを想像しながら調査し、深掘りしていく必要があると感じています。

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解説者プロフィール

中曽根 陽子(なかそね ようこ)さん
教育ジャーナリスト。マザークエスト代表。小学館を退職後、「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエイティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱するほか、子育てのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」を運営。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある。

学研教育総合研究所(がっけんそうごうけんきゅうじょ)
2005年、学研ホールディングスの前身である㈱学習研究社創立60周年を記念して設立。子どもたちと直にふれ合いながら、学校現場との話し合いや、研究機関・大学研究者や文部科学省ほか各省庁と多くの接点を持って得た貴重な経験の数々を活動の基礎にしている。毎年公開している『小学生白書シリーズ』では、幼児から小学生、中学生、高校生を対象とした大規模なアンケート調査によって子どもたちの生活や嗜好、学びの実態などのデータを収集。時代とともに変化する子どもたちの「いま」を伝えている。

岩田 拓真(いわた たくま)さん
株式会社エイスクール(a.school)代表兼クリエイティブ・ディレクター。成績アップや受験合格のためではなく、子どもの興味関心を広げて深める「探究学習」に特化した学習塾エイスクールを2014年に開校。探究学習プログラム「なりきりラボ」「おしごと算数」(グッドデザイン賞受賞)を全国50以上のパートナー校で提供している。経済産業省や神奈川県をはじめ、さまざまな行政や企業とのコラボレーションも多数あり、新しい学びを作り出す次世代型教育企業として注目を浴びている。著書に『おしごと算数ドリル』(Gakken)『勉強しなさい より 一緒にゲームしない?』(主婦と生活社)。

文/富田愛理

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