旧石器・縄文・弥生時代には何を食べていた?
こたえ:その
旧石器時代や縄文時代、弥生時代の人々の暮らしは、主に、発掘調査や出土品の分析を通して昔の文化を探る「考古学」という分野で研究されています。土に埋まっていたものから一体、何が分かるんだろう? と、ふしぎに思う人も多いでしょう。けれども実際は、発掘された道具や家の跡、生活の跡をくわしく調べると、当時の人々がどのような暮らしをして、どのようなものを食べていたのかを知る、さまざまなヒントが見えてくるのです。
今回は、考古学を中心とする研究成果をもとに角川武蔵野ミュージアム(埼玉県所沢市)が再現した旧石器・縄文時代の料理を紹介※1,2。さらに、使われている食材の栄養をチェックします。
[お話:角川武蔵野ミュージアム 学芸員 熊谷周三さん、Smile meal 管理栄養士 山根みずえさん]
※1 紹介する料理は、角川武蔵野ミュージアムが企画展『武蔵野3万年のレシピ』(2021年11月3日〜2022年2月13日)に合わせて公開した情報に基づいています。くわしい材料や作り方、道具などは、企画展の特設サイトをチェックしてください。
[参考]
角川武蔵野ミュージアム 企画展『武蔵野3万年のレシピ』:https://kadcul.com/event/49
・「武蔵野3万年クッキング展示解説」:https://kadcul.com/event/53
・「武蔵の3万年クッキングレシピ集」:https://kadcul.com/event/58
※2 火山灰が降り積もった「関東ローム層」に覆われた武蔵野台地は、土壌に栄養分が少ない、水の確保が難しい、といった理由で稲作には向かず、弥生時代後半まで人が非常に少ない時期がありました。そのため、ここでは弥生時代の料理は紹介していません。
武蔵 野台 地 のすべてが台所 ! 旧石器時代 の名物 料理 季節 の素材 の石 蒸焼
【年代】3万1000~2万6000年前(旧石器時代)
【材料】シカ・イノシシ・ノウサギなどの肉類、マツ・ハシバミの実、コケモモ、ヤマノイモ など
地面に穴を掘ったら、火で熱しておいた石と葉で包んだ食材を入れて葉や草、土でおおいます。30分~1時間待って、食材に火が通ればできあがり。こうやって蒸すと、火で直接あぶるのに比べてジューシーに仕上がります。
焼いた石の熱を利用する「石蒸料理」は、土器がなくてもできる調理方法です。日本最古級の旧石器時代の遺跡「藤久保東遺跡」(埼玉県三芳町)で焼き石が見つかっていて、その焦げ跡から「石が調理器具として使われたかもしれない」と考えられています。そこで、オセアニアの先住民が現在でも食べている石蒸料理を参考にして、武蔵野台地でとれた食材を蒸し焼きにする料理を考えました。
[参考]
三芳町「発掘調査で新たな発見! 明らかになる太古の三芳」『広報みよし』.2010年1月1日号:
https://www.town.saitama-miyoshi.lg.jp/town/koho/2010/documents/20100101-06-09.pdf
水子 貝塚 の海 の幸 旨 みたっぷり貝 スープ
【年代】約6000年前(縄文時代前期)
【材料】ハマグリ・ヤマトシジミ・マガキなどの貝類、クリ・クルミなどの木の実、ノビルなどの野草、海藻
季節ごとの貝類に、海藻や旬の野草などを合わせたスープです。材料を縄文土器に入れて数時間、コトコトじっくり貝のうまみを引き出したら、最後に塩を加えて完成です。
今は“海なし県”の埼玉県も、この時代には「縄文海進」※4によって海岸が内陸まで広がり、ハマグリやカキといった貝類がたくさんとれたため、多くの貝塚が見つかっています。その1つである「水子貝塚」(埼玉県富士見市)は、6000年ほど前に栄えた集落(ムラ)で、ムラを囲むように約50もの貝塚が並びます。縄文時代の海は汚染されておらず、上質な“天然もの”の海の幸がとれたことでしょう。貝類を煮込んだスープは、貝のだしがきいたお吸いもののような味。「だしの原点の1つは、縄文時代の貝のスープではないか」という説があります。わたしたちがだしの「うまみ」を感じる力は、縄文時代の貝スープで育てられたのかもしれませんね。
[参考]
文化遺産オンライン「水子貝塚」: https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137964
※4 約1万〜5500年前に気候が温暖になり、ピーク時の約7000〜6000年前には海面が現在より約2〜3m高くなりました。これを「縄文海進」とよびます。
下 宅部 遺跡 の木 の実 のクッキー、ヤブツルアズキのお汁粉
【年代】約4000年前(縄文時代中期)
【材料】
○クッキー…トチノキ・オニグルミ・クリなどの木の実、ヤマノイモ、ウズラの卵
○お汁粉…ヤブツルアズキ、ハチミツ
木の実を石皿ですりつぶしたら、ヤマノイモやウズラの卵を“つなぎ”にしてまとめて、石の上で焼きます。お好みでエゴマやアサの実を加えると、香りがよくなるでしょう。トチノキの実(とちの実)を使うときは、しっかりアクを抜くのがポイント。乾燥させておいたとちの実を流水に数日間つけたら、灰を加えて土器で煮て、さらに数日間つけておきます。
ヤブツルアズキは水から煮て、いったんお湯を捨ててから、再び水を加えて豆がやわらかくなるまで煮ます。最後にハチミツを足すと、甘いお汁粉になります。
「下宅部遺跡」(東京都東村山市)は、これまでの発掘調査で縄文代時代後期と古墳時代、奈良・平安時代の遺構・遺物が見つかった遺跡。地下水を多くふくむ「低湿地」にあるため、ほかの場所では腐ってしまう木の実や木製の道具など、植物製の資料もたくさん出土している、情報の宝庫です。
たとえば、出土した漆塗りの木製のスプーンから、当時の人々がウルシの木を育てて樹液を採集し、接着や防水、色付けに利用していたことが分かりました。そのほかにも、とちの実のアク抜きをした跡やマメ類を人が植えていた跡、イノシシの頭を使った儀式の跡も見つかり、それらから当時の人々の暮らしの様子が分かってきました。
出土品の中には、土器の底にこびりついたヤブツルアズキも。そこから「ヤブツルアズキを煮て食べていただろう」と考え、お汁粉を再現しました。。
[参考]
東村山市「下宅部遺跡」: https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/tanoshimi/rekishi/shimoyakebe/index.html
○注目食材○とちの実
縄文人がアク抜きにたいへんな手間をかけて食べていたとちの実。給食でもおなじみのアーモンドと比べると、とちの実は糖質が豊富です。糖質は体を動かすガソリンのようなもの。食べるとすぐにパワーが出ます。脳を働かせるエネルギーにもなるため、勉強する前にはしっかり食べたいですね。お汁粉に使われているアズキの仲間も、糖質の多い豆です。糖質の多い食べ物といえば米ですが、稲作がまだ始まっていなかった時代には、とちの実は貴重なエネルギー源になっていたのでしょう。
旧石器 ・縄文時代 の料理 を現代 に取 り入 れるなら、こう食 べるのがオススメ
寝ている間も脳や内臓は動いているので、朝起きたときはエネルギー切れの状態。朝食にはすぐにパワーになる糖質が多いクッキーやお汁粉がオススメです。習い事や塾の前の栄養補給にも! 寝ているときに骨や筋肉がつくられるため、夕食はその材料となる肉を使った石蒸焼や貝スープがよいでしょう。3品食べても、ウイルスなどから守ってくれたり、肌をきれいにしてくれたりするビタミンが少ないので、かぼちゃのサラダや、チンジャオロースーなどのピーマンを使った炒めもの、食後にはキウイフルーツなどをプラスすると、栄養バランスの整った食事になります。
まだまだ知 りたい、旧石器 ・縄文時代 の食
学芸員・熊谷さんと管理栄養士・山根さんに、再現した料理の感想や再現で苦労したことなどについて聞きました。小学生と旧石器・縄文時代の人々に、意外な共通点も…?
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記事公開:2022年7月
企画協力
「角川武蔵野ミュージアム」
図書館、美術館、博物館が融合した文化複合施設。館長の松岡正剛氏が世界を読み解く9つの文脈に沿って独自の配架をした「ブックストリート」、博物学者の荒俣宏氏が監修する「荒俣ワンダー秘宝館」、「本と遊び、本と交わる」をテーマにした「本棚劇場」、これら「エディットタウン」をメインエリアとする。また、マンガや多数の出版社のライトノベルが並ぶ「マンガ・ラノベ図書館」や、企画展が開催される「グランドギャラリー」など、松岡館長が提唱する「想像力とアニマに遊ぶミュージアム」として、さまざまな「まぜまぜ」を提供している。建築デザイン監修は隈研吾氏。
■所在地:〒359-0023 埼玉県所沢市東所沢和田3-31-3 ところざわサクラタウン内
■公式ウェブサイト: https://kadcul.com/
山根 みずえさん
管理栄養士、フードコーディネーター、離乳食アドバイザー、妊産婦食アドバイザー。外食チェーンにて店舗運営、食品会社にてサラダやスムージーの開発、健康セミナーの企画・運営に従事。出産を機に子どもの食への興味が高まり、保育園栄養士として、子どもの食育や子育て支援活動に携わってきた。食を通じた地域コミュニティーの形成を目指し、地元で子ども食堂を運営。食べること、作ることの楽しさを伝え、子どもの生きる力を育むとともに、子育て世帯の食の負担を軽くしたいという想いで活動中。
■「Smile meal」公式ウェブサイト:https://www.smile-meal.com/