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調べ学習

米・ごはんの歴史を調べよう

調べ学習 米・ごはんの歴史を調べよう

日本人の主食の米は、いつごろから日本で栽培され、食べられるようになったのだろうか。

1.米の歴史を調べよう

米はいつごろ日本に入ってきたか、どのように栽培(さいばい)していたかを調べよう。

調べ方

1

百科事典や歴史の本などで、米について調べる。

2

博物館などで展示を見たり、学芸員に話を聞いたりする。

3

インターネットで博物館などのサイトを探して調べる。

●日本に米がやってきた!

長い間「米の栽培が始まったのは弥生(やよい)時代(約2300年前~約1700年前まで)から」と言われていたが、近年、もっと古い縄文(じょうもん)時代の遺跡(いせき)から炭化(たんか)した米や水田あとが見つかって、「米を食べ始めたのは縄文時代の終わりごろから」という説(せつ)が定説になってきた。
たき火の中にほうりこんで焼(や)いた石の上に、稲(いね)の穂(ほ)を置いて、焼いた米を食べていたらしい。
いずれにしても、米は、アジア大陸から海をわたって日本にやってきたと考えられる。

●弥生時代の米は、赤い米

弥生時代になると、各地で米作りがさかんになり、やがて日本各地に広まった。
当時の米は、今とちがい、赤米だった。
調理法は、うすときねで米をついて、もみがらをはがし、それを水といっしょにかめ型の土器に入れて、火にかけてにるようになった。

●米作りに使った道具は…?

石包丁

稲かりに使われていた道具。
当時は稲の根元からかるのではなく、稲の穂だけをつみとっていた。

田げた

どろだらけの田んぼでの作業するときに、ぬかるみに足をとられないようにしたり、雑草(ざっそう)などをふみこんだりするのに使われた。

●蒸(む)して食べるように…

古墳(こふん)時代になると、またちがった料理法になった。「こしき」という土器を使って、蒸して食べるようになったのだ。
こしきのしくみは、現代の蒸し器とほぼ同じだ。

●貴族(きぞく)たちの食べ方は…?

奈良(なら)時代や平安(へいあん)時代の貴族は、図のようにいろいろな食べ方をした。
湯づけ(湯にごはんを入れたもの。お茶づけのもととなった)、味つけごはん(みそを水でといて、そのうわずみでたいたごはん)、ぞうすい(きざんだイモや菜をたきこんだおかゆ)など、今と大体同じような食べ方をしていたんだ。

2.はしの歴史を調べよう

食事とは切っても切れない関係の「はし」。昔のはしは、今のはしとちがっていたのだろうか。

調べ方

1

百科事典や歴史の本などで、米について調べる。

2

博物館などで展示を見たり、学芸員に話を聞いたりする。

3

インターネットで博物館などのサイトを探して調べる。

●大昔はピンセット型

ピンセット型のはし

奈良時代より前は、ピンセットのように一本につながっているはしが使われていうたようだ。
くちばしのような形なので、そこから「はし」という名前になったという説もある。

●奈良時代に二本ばしが一般(いっぱん)的に

さじ

「二本ばし」は、奈良時代以前にもあったようだけど、多くの人が使うようになったのは、奈良時代からだ。
二本ばしは、最初のころはさじとセットで使っていたよ。でも、しだいに、はしだけを使うようになったんだ。

ほかにも調べよう

  • はしの素材にはどのようなものがあるか、どうちがうか?
  • 日本のほかに、はしを使う国はどこだろうか?
  • はしを使う行事はあるだろうか? それにはどんな意味があるだろうか? は

まとめ方

まとめ方のコツ 調べ学習の例」を見てみよう

わかったことを、ワークシートにまとめよう。

ワークシート

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